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2021.07.12

【「クロスボーダーM&Aの契約実務」出版記念対談 SHIFT小島秀毅氏に聞く】 「型化」でドライブするクロスボーダーM&A/PMIのメソッド

今回の対談では、「クロスボーダーM&Aの契約実務」(中央経済社)の出版を記念して、東京国際法律事務所 代表パートナー 森幹晴(以下、「森」)が、書籍の内容を深めながら、小島氏一流の「型化」でドライブするクロスボーダーM&A/PMIのメソッドについて小島氏に聞きました。

小島秀毅氏(以下、「小島氏」)は、大和証券、GCAでのM&Aアドバイザーの業務を経て、2011年に三菱商事に入社され、M&A/PMI(Post-Merger Integration)を通じて食品化学事業をグループのコア事業に育て上げた後、2020年から株式会社SHIFT(本社:東京都港区、代表取締役社長:丹下 大。以下、「SHIFT」)でM&A/PMIの責任者(グループ経営推進部 部長)を務めておられます。

小島氏は、これまで数多くのクロスボーダー案件に従事しており、特に米国駐在時の経験から北米を中心とするクロスボーダーM&A/PMI戦略の立案と実行を強みとされ、その経験とノウハウを「クロスボーダーM&Aの契約実務」の第5章(事業会社の担当者が押さえておくべき論点)で披露していただきました。

第5章 事業会社の担当者が押さえておくべき論点
-「のれん」の減損問題、税務戦略、戦略的事業売却、案件ソーシングからPMIまで

 第1節 「のれん」の減損問題への実務的なアプローチ
  1 のれんの償却・非償却の議論
  2 PPAを通じた無形資産の認識とのれんの説明責任
  3 のれんの管理手法の確立
  4 「悪い減損」と「致し方ない減損」
  5 おわりに

 第2節 クロスボーダーM&Aの税務戦略
  1 米国の税制体系
  2 税務に関する要検討事項
    (1) ストラクチャリング
    (2) IRC Sec.338(みなし資産買収)
    (3) IRC Sec.382(繰越欠損金の使用制限)
    (4) 税務Due Diligence
    (5) 税制改正がバリュエーションに与える影響
  3 おわりに

 第3節 戦略的事業売却
  1 カーブアウト範囲の明確化
  2 想定される買手
  3 スタンドアローン問題とカーブアウト財務諸表
  4 セラーズDue Diligence
  5 おわりに

 第4節 案件ソーシングからPMIまで
  1 対象会社をどのようにソーシングすべきか
  2 クロスボーダーM&A/PMIを行う際、実務面ではどのようなことを意識すべきか
  3 日本の事業会社が取り組まなければならないことは何か
  4 日本企業に適したPMIの「型」とはどのようなものか

クロスボーダーM&A/PMIの実務で意識していること



森:小島様は、買収した米国子会社に乗り込んで現地経営陣と一緒に現場でのPMIを経験されています。クロスボーダーM&A/PMIを行う際、実務面ではどのようなことを意識されていますか?
(「クロスボーダーM&Aの契約実務」第5章第4節参照)

小島氏:まず、クロスボーダーM&Aを検討する際には、全てが揃った完璧な案件はないこと、また、必ず想定外の事態が起こることを意識しています。M&A担当者の立場だと、案件を審査する側から色々と細かい点を指摘されるので、どうしてもリスクを全て洗い出し説明しないといけないと考えてしまいます。しかし、クロスボーダー案件は時間的・物理的な制約がある上、日本国内の案件よりもスピーディーな意思決定を求められます。そのような進め方ではせっかく良いターゲットを見つけても、相手の交渉スピードについて行けずチャンスを逃してしまうこともあり得ます。それよりは、自社のM&Aの検討基準に照らし合わせて絶対に譲れないことを洗い出し、その妨げになるようなリスクを事前に契約等できちんと担保できるようにしたら、あとはPMIに全力を傾けることの方がよっぽど有効的だと思っています。

そのためには、まずは自社の戦略やリソースに合わせてM&Aのエグゼキューションを「型化」させておく必要があります。

森:M&A/PMIの「型化」は小島様の代名詞ですね。後ほど詳細を教えてください。国内M&A案件との比較で、クロスボーダーM&A案件で他に意識していることはありますか?

小島氏:クロスボーダー案件の場合は国内案件とは異なり、企業文化の違いも意識しています。コミュニケーション戦略を予めしっかりと考える必要があります。仮に正しいことを言っていても、ロジックだけでは必ずしも人が動かないケースに何度も直面しました。例えば、米国では直接的な表現で論理的なスタイルが好まれるので、細部にこだわるよりは最初にコンセプトを示すことが大事だと考えています。

森:異文化コミュニケーションでは、日本人同士の「察する」とか「阿吽」は通じないと思って、基本的なコンセプトからしっかりと伝えていく必要がありますね。PMI戦略についてはいかがでしょうか?

小島氏:PMI戦略も「型化」させ、その進捗状況を「可視化」し、日本の本社を含めた関係者が常に把握できる体制を確立させる必要があります。私はPMIの進捗マップを作成し、そこに毎週開催される経営会議や業績会議、四半期ごとの取締役会等で挙がったToDoを落とし込み、徹底的にフォローしています。各事業部の責任者はどうしても目の前の現業があるので、PMIの課題を後回しにしてしまいがちです。そうならないように上手くフォローしてあげることが必要です。

PMIの現場で大事にしていること

森:PMIの現場では、現地マネジメントと一緒にドライビングシートに乗りながら、日本の本社の要求に応えて結果を出していかなければなりません。現地マネジメントと本社の間に立ってPMIで成果を上げるには、どのようなことを大事にしていますか?

小島氏:現地の実情を一番理解しているのは間違いなく現場で日々PMIに携わっている人です。だからこそ、本来なら現場のPMI担当者にはある程度の権限を与え、スピーディーに意思決定できる体制にすべきですが、実態は日本の本社からの問い合わせや要求がかなり多く、現場は本社にレポートすることに追われているケースが多いと感じます。現場と本社の板挟み状態です。もちろん、現場に任せきりでもいけません。日本の本社もノウハウや知見を提供する必要がありますし、それこそがシナジーの源泉にもなります。この舵取りが非常に難しく、どこまで何を任せるのか、最終的にはガバナンスの問題にも繋がります。

これはクロスボーダー案件だけに限りませんが、私はどんな組織に入っても最初に「組織の空気感を変える」ことを意識しています。M&Aが行われた瞬間は、対象会社の社員にとっては不安と期待が入り混じっている状況なので、まずは不安を取り除くためにも、「会社が良い方向に向かっている気がする」といった空気感を醸成することを大事にしています。「ヒデがうちの会社に来た途端、最初はやることが増えて面倒だなと思ったけど、会社の仕組みが色々と変わっていく中で全体像が見えてきたら、それって会社にとって凄く必要なことだと理解できた」とよく言われました。非常に嬉しいことです。常にフラットな関係を意識し、信頼関係を構築した後に耳の痛くなる話をするようにもしていました。また、経営陣の評価には定量的な目標以外に、会社の価値観や風土を体現しているかも含めることで、軸となる共通の考え方がブレないようにも心掛けています。

森:M&Aの場面でも、まずは「組織」の土台や「人と人」の関係をしっかりと築くことが大事ということですね。信頼関係の土台があってはじめて文化の壁を越えて難しい課題に協力して取り組むことができるようになるわけですね。

のれんの管理手法 -「悪い減損」と「致し方ない減損」



森:M&Aのエグゼキューション(バリュエーション)とPMIにまたがる問題として、「のれんの減損」の問題があります。「クロスボーダーM&Aの契約実務」277-284頁では、買収の検討段階からのれんを把握し、PMIでコントロールする手法が解説されています。実務上、小島様がのれんの管理手法として工夫していることはありますか?

小島氏:のれんの減損を計上することはM&Aの失敗と捉えられてしまうため、何が何でも減損だけは避けたいというのがM&A担当者の切なる願いで、それ自体を否定する気は全くありません。しかし、私は減損には2つのタイプがあると考えています。1つは戦略的な打ち手が描けず生じる減損で、私はこれを「悪い減損」と呼んでいます。もう1つは戦略的な打ち手はあるものの、外部環境の急激な変化等でシナジーの出現にタイムラグがあるために生じる減損で、こちらは「致し方ない減損」と呼んでいます。もちろん、どんな状況でも減損しないに越したことはないですが、リーマンショック時やコロナ感染症による外部環境の急激な変化を見ていると、例え戦略的な打ち手があってもそれが不可抗力で阻まれてしまうケースもあります。だからこそ、減損はその中身が大事だと思っています。要は、「悪い減損」なのか「致し方ない減損」なのか。

森:「悪い減損」と「致し方ない減損」の見分け方は興味深いところですが、実務上、「悪い減損」を避けるために効果的な方策があれば教えてください。

小島氏:書籍の中でも触れていますが、これまでの経験から「のれんを子会社の各事業単位レベルにまで細分化する管理手法」の導入が効果的な策の1つです。のれんは一般的に親会社の連結財務諸表に計上されるものですが、もともとは子会社にあるブランドやノウハウ、顧客リスト等の価値に対して対価を支払ったわけなので、それならば子会社の財務諸表にも計上しようという考え方です。こうした管理手法を導入すれば、のれんの回収責任を誰が負っているのか一目瞭然となる上、定量的にも把握しやすく、減損の兆候を今まで以上に前もって管理しやすくなります。私の場合は運が良かった部分も大きいですが、この考え方に基づき減損エクスポージャーを適切に管理してきた結果、事業会社でM&A/PMI担当者として10年以上、色々な案件に関与しているものの、未だ国内・海外含めて一度も減損を計上したことはありません。

森:とても画期的な手法ですね。被買収企業に対して支払ったプレミアムの源泉が何であったかを明確にして定量的に管理していくわけですね。

小島氏:ただ、のれんの減損はあくまで会計上の話で、こうした管理手法の導入は小手先のツールでしかなく、やはり本来は事業をスケールさせ、当初見込んでいたシナジーを創り出すことが最も大事なのはいうまでもないですが。

「PMIの型化」



森:M&A/PMIの「型化」は小島様の代名詞です。「クロスボーダーM&Aの契約実務」でもPMI計画の策定と「PMIの型化」の要点を解説されています(第5章第4節4参照)。本日は、書籍では書きにくいところにも一歩踏み込んで、「PMIの型化」の神髄について聞かせてください。

小島氏:先程、PMIの進捗マップの話で「型化」させ、その進捗状況を「可視化」すると言いましたが、正直、特別なことをしているわけではありません。まず100日プランを作成します。①企業文化(ミッション・ビジョン・コアバリュー)、②ガバナンス、③経営分析、④グループ内の人材マネジメント・採用、⑤インセンティブ設計、⑥コミュニケーション戦略、⑦その他、の大項目を決め、それぞれハード面/ソフト面でのKPIを設定し、必要に応じて分科会でフォローしています。

次に100日プラン後、さらに実務面へとアクションを落とし込む段階では、「フロント業務(営業・開発・マーケティング等)」と「バックオフィス業務(経理・財務・人事・総務・法務・IT等)」に分け、より実務面に即した詳細なToDoを作成します。先程話をした通り、経営会議や業績会議、取締役会等で挙がった点を列挙していきます。また、それぞれのKPIには担当者をバイネームで記載し、責任も明確化しています。ここでは何より、当たり前のことを当たり前のように「やり切る力」が求められます。ちなみに、バックオフィス業務は汎用性があり「型化」しやすいので、慣れていなければ先にこちらから手を付けるのが良いと思います。

「型化」はノウハウを属人化せず、標準化して組織に蓄積させるというメリットもあるので、案件を通じて自社の戦略や組織に合った「型」へとブラッシュアップしていければ、M&A巧者に近付けると思っています。私自身もまだ、日々の業務の中で色々と模索している状況ではありますが、こうした取り組みを通じて、年々「型」の精度は上がってきていると実感しています。

森:クロスボーダーM&A/PMIの「型化」のメソッドについて小島様のご経験とノウハウをご披露いただきましたが、多くの日本企業にとっても示唆に富む内容だったと感じます。本日は貴重なお話を有難うございました。


なお、小島氏は、現在、ソフトウェアの品質保証・テストを手掛けるSHIFTで、M&A/PMIの責任者(グループ経営推進部 部長)を務めておられます。SHIFTは、2025年までに売上高1,000億円を達成することを目指した中期成長戦略「SHIFT1000」を掲げ、2019年頃からM&A戦略を加速し、2020年のM&Aクローズランキング(東証開示ベース)では年間6件で2位にランクイン。今注目のM&A推進企業です。

SHIFTのM&A戦略についてご関心のある方は、以下の参考資料をぜひご覧ください。

【参考資料】
・2021年3月26日 経済産業省 報告書「大企業×スタートアップのM&Aに関する調査報告書(バリュエーションに対する考え方及びIRのあり方について)」(65頁)
・2021年6月30日 SHIFT プレスリリース「国連「ポジティブ・インパクト金融原則」に則る「ポジティブ・インパクト金融原則適合型ESG/SDGs評価型融資」による融資枠設定のお知らせ