2025.05.29
税務と法務の融合が生み出す価値 – 国際税務のスペシャリストがTKIで挑む新たなチャレンジ

弁護士と税理士。二つの専門資格を持ち、大手外資系法律事務所で税務プラクティスを立ち上げ、外国政府機関の代理人も務めてきた河村真紀子弁護士。20年にわたるキャリアで培った国際税務の専門性と、法務・税務をシームレスにつなぐ独自の視点を武器に、2024年9月から東京国際法律事務所(以下、TKI)で新たな挑戦を始めました。複雑化するグローバルビジネスの現場で、なぜ法と税務の両方の視点が求められるのか。そして、専門性の高いニッチな分野だからこそ見えてくる、弁護士のキャリア構築の可能性とは。国際税務のフロントランナーが語る、境界線を越えることの価値と展望に迫ります。
コーポレートからグローバル税務のスペシャリストへ
河村弁護士は外資系法律事務所でコーポレート法務からキャリアをスタートされ、その後国際税務の専門家として経験を積まれています。専門を税務へ転換されたきっかけを教えていただけますか。
私は当初、クロスボーダーのコーポレートロイヤーになりたいと思っていたのです。税務に興味を持つきっかけとなったのは、1年目に担当したグローバルオファリングのプロジェクトです。米国の多国籍企業が全世界の従業員や役員にストックオプションを付与する際の各国の規制をまとめる仕事でした。私たちは日本担当として、有価証券届出書や報告書の要否だけでなく、米国本社の源泉徴収義務や、日本の従業員・役員への課税問題も検討しました。今思えば典型的な論点でしたが、当時は初めての経験で、「こういう問題もあるんだ」という気づきがありました。
その経験から税務に興味を持ち、専門性を深めていかれたのですね。
そこからすぐに税務を専門にしようと決めたわけではありませんが、会計や簿記のバックグラウンドがあり、数字に対する抵抗も少なかったため、「この分野での適性があるかもしれない」という感覚は持っていました。その後の留学では、専門性を高めるため、タックスロイヤーの登竜門であるNYUのタックスLLMを選択しました。ちょうどその頃はリーマンショックの影響で、法律事務所の業界にも合併や分散などの大きな変化が起きており、帰国後は自分の進むべき道を見直すタイミングでもありました。そうした状況のなかで、「せっかく専門的に学んだのだから、この分野でキャリアを築いてみよう」と決意するに至ったのです。
その後は事務所を移籍され、税務プラクティスの立ち上げを経験されています。
シニアアソシエイトとして税務プラクティスの立ち上げに関わり、グローバル・パートナープロモーションの選考を経て、2014年にエクイティパートナーに昇進しました。当初、日本で税務を専門とする弁護士は私一人しかいない状況でした。香港へ出向をし、米国へも頻繁に出張を重ねるなどし、米国や香港のパートナーと組んで仕事をすることが多かったですね。
海外のパートナーからは、クライアントファーストの姿勢や、ビジネス上の判断が早い外資系企業に対するクライアントサービスの提供のポイントや信頼関係の構築方法など、外資系事務所ならではのマインドセットを学びました。一方で日本法にかかる税務業務は私にしかできなかったので、その責任は大きかったです。
企業再編から政府間取引まで、国際税務の最前線
具体的にこれまでどのような税務案件を手がけてこられましたか?
多国籍企業の企業再編が多いですね。たとえば、欧米に本社がある企業が全世界でリストラクチャリングを行うに際し、日本に複数の子会社がある場合に日本での再編をどう進めるか。なるべく税金がかからない構造で再編するのがセオリーですが、ビジネスやオペレーション上の要請や、規制法等の縛りもあるなど、さまざまな問題が生じます。

クライアントとのやり取りは大部分が本社経由になるため、直接日本の担当者と話せば簡単に得られる情報も、本社と海外オフィスのパートナーを通すことになります。時差の問題もあり、タイムリーな情報共有が難しいこともあります。課税か課税繰り延べかで金額のインパクトが大きく出るため、緊張感も高まります。
また、移転価格の分野も重要です。多国籍企業が日本で大きなビジネスを展開する際、親会社と子会社の取引における適切な価格設定が問題になります。親会社は本国で課税され、同じ取引に関して日本で子会社も課税される。この二重課税問題は、時に二国間当局同士の交渉が必要であり、タックスロイヤーとして当局間交渉のサポートをするのは大変面白い領域だと思います。
国際税務案件のなかでも、特に印象に残っている案件について教えていただけますか。
外国政府の代理案件が特に記憶に残っています。日本政府とある外国政府とのあいだで借地権と底地を交換するという珍しい取引でした。規模や価格が大きいだけでなく、無期限の長期借地権であることや、借地料や内容について当事国内で議論があり、複雑な案件でした。一等地に戦前から借地権が設定されていたり、空中権が関与していたりと、借地権の価値評価も非常に難しかったのです。それまで検討したことも聞いたこともないような問題が次々と出てくるなか、2〜3年かけて細かな問題を膝を突き合わせて話し合い、最終的に政府間合意に達しました。
前例がなく100%の自信を持てない状況でも専門家として最善の判断を一つひとつ積み上げていく感覚はとてもエキサイティングでしたし、クライアントからの信頼を得て物事が進んだときの充実感は格別でした。
法務と税務をシームレスにつなぐ - 二つの資格が生み出すシナジー
そのような複雑な案件では、クライアントとのコミュニケーションにも工夫が必要だったのではないでしょうか?
そうですね。クライアントのニーズや意向を理解したうえで、メリハリをつけて情報を伝えるようにしています。「何から何まですべて説明しよう」というスタンスもありえますが、クライアントは多忙ですし、特に海外のクライアントが日本の状況を100%理解することは難しいです。知るべきことと、そうでないことの振り分けが重要です。重要なポイントは時間をかけて徹底的に説明し、タイムリーなアップデートも欠かせません。
弁護士と税理士、二つの資格を持っているからこそできる支援も多いと思いますが、どんな場面でその強みを感じますか。
法務と税務を円滑に橋渡しできる点が大きいですね。たとえば企業再編では、どういう法形式で行うかによって課税問題が変わってきます。法形式は本来弁護士の専門領域で、それを理解したうえ税務を検討できるため、シームレスなサービスが提供できます。
また、税務オピニオンを書く際も、租税条約や政令・法令の解釈が重要になります。制定過程から遡り、趣旨・目的や国会での議論を踏まえて深く解釈できるのは弁護士の強みです。法律の背景まで掘り下げられる点を評価してくださるクライアントは多いですね。
さらに重要なのが、税務紛争の観点です。最終的に税務訴訟になった場合、税理士は補助的役割として関与できますが、代理人になれるのは弁護士だけです。最終段階を見据えて最初のプランニングから弁護士が関わることで、たとえば税務調査でどの資料を開示するかなどの戦略的判断ができます。税理士だけで初期対応し、訴訟段階で弁護士に切り替えるケースもありますが、「この資料を出してしまったのか」と後悔することもあります。複雑な案件ほど、初期からの対応が重要なのです。
若手弁護士とともに育てる、新しい税務プラクティスのかたち
総合プロフェッショナルファームを経てTKIへ参画された背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
総合プロフェッショナルファームでは、外資系クライアントだけでなく、日本企業向けの仕事も増え、コンサルチームと法律、税務、会計の専門家が一緒にクライアントアプローチをするなど、法律事務所とは全く異なる経験をしました。大規模な組織での経験も貴重でしたが、再び法律事務所でチャレンジしてみたいという気持ちが芽生えたときに出会ったのがTKIです。

TKIでは税務のニーズが非常に高く、私の強みを発揮できる環境だと感じました。今回の選択は、税務プラクティスを一から立ち上げるという、これまでの経験を活かせる挑戦でもあります。グローバルな視点を持ち、国内外のクライアントに対応できる税務専門家は限られています。その希少性を武器に、クライアントに満足していただけるリーガルサービスを届けていきたいと考えています。
TKIでの税務プラクティス構築において、どのようなビジョンをお持ちですか?
TKIでは若手弁護士と一緒に成長し、徐々に体制を強化していきたいですね。すでに引き合いも多く、ニーズの高さを再認識しています。所内の若手のなかにも興味を持ってくれる方が出てきています。
若手弁護士からすると税務は特殊な領域に見えるようです。「税務は税理士の仕事だから」という思い込みもあるのかもしれません。でも実際に一緒に仕事をして税務問題に触れると、「意外と必要な分野だ」と気づいてもらえることが多いです。まずは実際の案件を通じて税務のおもしろさと重要性を理解してもらうことから始めています。
これまでのご経験をふまえて、税務を中心に据えたキャリアの魅力をどうお考えですか?
税務分野は、特に女性弁護士にとって魅力的なキャリアパスになると考えています。女性は結婚、出産、育児などライフイベントにより時間的制約が生じることがありますが、税務は比較的コントロールしやすい分野だと感じています。私自身も子育てしながらフルタイムで働いてきました。
コーポレートやM&Aの場合、トランザクションが動き出すと24時間体制で対応しなければならないこともありますが、税務は比較的ピンポイントな業務が多いのです。必要なタイミングで的確に対応できれば、常に張り付く必要はありません。また、訴訟も毎日あるわけではないので、計画が立てやすい。リモートワークとの相性も良く、クライアントとの長時間の対面会議なども少ないため、フレキシブルな働き方ができます。
私たちのようなニッチな専門性を持つ弁護士は、キャリアプログレッションもしやすいと感じています。TKIではDEI(多様性・公平性・包摂性)にも力を入れていますので、さまざまなバックグラウンドを持つ弁護士が活躍できる環境づくりにも貢献していきたいですね。
グローバル企業の税務戦略を専門家の視点から支える
TKIでは税務ニーズが高まっているとのことですが、具体的にどのようなご相談が多いのでしょうか?

M&Aなどの取引に関するものが多いです。たとえば会社を買収する際、どのようなスキームで実施するかによって、当事者の税務コストが変わってきます。通常であれば、弁護士が法的な選択肢を提示し、税務面についてはクライアントが別途税理士に相談するという流れになりますが、それではどうしても時間がかかります。税務を専門とする弁護士であれば、プランニングの初期段階から税務を含めたアドバイスができるため、プロジェクト全体を効率的に進めることが可能です。
企業は日々さまざまな取引を行いますが、それには多かれ少なかれ税の要素がある場合がほとんどです。ですが実際には、税務調査が入って初めて問題に気づくケースも少なくありません。多国籍企業では、本社にタックスディレクターが配置され、将来を見据えて対応できる体制が整っていることが多いのですが、日本企業にはそうした役割を担う人材がまだ少ないのが現状です。ライセンス契約一つとっても、「将来的にどんな税務リスクがあるか」を事前に見通せると、トラブルを未然に防ぐことができます。
国際税務の分野では、今後どのような変化や課題が出てくると見ていますか?
グローバルでは、BEPS(税源浸食と利益移転)への対応が進んでいます。これまで日本企業では、税務上の問題が発生してから対応するケースが多く見られましたが、現在ではそれでは追いつかない状況になりつつあります。世界全体でルールの統一が進むなか、日本に本社を置く企業もグローバルな視点で税務戦略を考える必要性が高まっています。
こうした背景から、タックスディレクターのような国際税務に関する専門人材の需要は高まっていますが、日本国内では人材の供給が追いついていないのが現状です。米国など海外から専門家を招くという選択肢もありますが、「日本企業の税務戦略を海外に委ねるのは望ましくない」という懸念の声もあり、簡単には解決できない課題です。
だからこそ、日本企業がグローバル市場で正当に戦っていくには、税務と法務の両面から戦略を組み立てることが重要です。私はその橋渡し役として、実務に即した迅速なアドバイスを提供し、企業の意思決定をサポートしていきたい。税務という専門性を軸に、複雑化する国際ビジネスの現場で企業をしっかりと下支えする存在になれればと思っています。
(取材・文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久)