OUR STORY

2025.06.24

検事、行政官、外交官、そして弁護士へ – 「人のために」を問い続ける、越境する法律家

検事、行政官、外交官、そして弁護士。「社会正義」と「困っている人の役に立ちたい」という信念を胸に、15年のキャリアを経て弁護士に転身した大竹将之弁護士。グローバルな経験を武器に、2024年8月からは東京国際法律事務所(以下、TKI)の一員として新たな挑戦を始めました。

推理小説に憧れた少年時代、9.11を機に「価値観の調整者」を志した青年期、そして法廷で真実を追った検事時代。大竹弁護士はなぜ、その豊富な経験を持って弁護士への転身を決意したのでしょうか。内部調査・危機管理・刑事弁護・被害者支援など、多彩な分野での活躍を目指す大竹弁護士に、法律家としての使命と今後の展望を聞きました。

原点は幼少期に夢中になって読んだ推理小説

まず、法律家を目指されたきっかけについて教えてください。

きっかけをたどると、小学生の頃に夢中になったミステリー小説に行き着きます。江戸川乱歩から始まり、学校の図書室や近所の図書館にある作品を片っ端から読破。中高生になってもその熱は冷めませんでした。探偵が知恵と観察力を使って困っている人たちを助けていく物語に強く惹かれたのです。直接のきっかけになったわけではありませんが、私の価値観や進む方向に大きな影響を与えたと思います。そして、大学時代の2001年9月11日、日米同時多発テロ事件が起きました。

9.11が転機になったのですね。

そうですね。あの出来事をきっかけに、イスラム原理主義や宗教的価値観について学ぶようになり、人それぞれ「正しい」と信じるものが違い、その違いが争いや分断の原因になることを実感しました。テロに限らず、価値観の違いによって生まれる摩擦や苦しみのなかで、人の力になれないだろうか。そんな思いが芽生えたのです。

自分にできることは何かと考えたとき、得意だったのが法律の勉強でした。価値観の違いを調整する手段として、法律の力を使って社会に貢献したい。そんな思いから、司法試験に挑戦することを決意しました。

現場で磨かれた責任感と、国境を越えて得た視野

2009年からは検事としてさまざまな地検で勤務されてきたとのことですが、ご経歴について教えてください。

最初の10年間は、山形から愛媛まで、全国各地の地方検察庁に赴任し、現場の検事としてさまざまな刑事事件に携わってきました。その間に英国へ留学した時期もあります。

その後は法務省の刑事局に約1年半出向し、国際刑事案件を担当しました。たとえば、犯罪者が国外に逃亡したケース、あるいは海外から日本に逃げてきたケース、また証拠が日本にあるため提供を求められるケースなど、国をまたいだ対応が求められる場面です。たとえば、刑事政策に関する国際会議に出席して日本政府の立場を述べたり、国際的な贈収賄対策などのテーマについて各国とハードに交渉することもありました。

そして外務省に出向し、在英国日本大使館で3年間、外交官として勤務しました。そして最後の1年間は、再び現場に戻って横浜地検で検事を務めました。

検事としてのご経験のなかで、ご自身の専門性はどのように形成されたのでしょうか?

一つは技術的な力、もう一つは仕事に対する姿勢の部分です。

技術面で言えば、特に鍛えられたのは「事案の筋を読む力」です。限られた情報や証拠のなかから、「これはこういう構図の事件だ」と見立てを立てる力が問われます。その見立てが的確であれば、必要な証拠を効果的に集めることができ、それがやがて裁判所に通用する論理や弁論、法廷技術へとつながっていきます。

そして何より、検事という仕事の特徴は、任命されたその日から自分の名前で判断を下さなければならないという点です。いきなり事件を任されて、「この人にどのような処分を下すかを決めてください。それはあなたの名前で責任を持って判断してください」と求められる。そうした重い責任を引き受ける覚悟を最初から育てていかないと、国民の信頼に応える仕事はできません。

検事としてのキャリアのなかで、特に印象に残っている事件はありますか?

印象に残っているのは、検事になりたての頃に自分の無力さを痛感した事件です。事実関係が複雑で、証拠も限られており、最終的に起訴を見送ることになったのですが、被害を訴えた方やご家族から「これが起訴できないのなら、警察も検察もいらない」と強い言葉をかけられました。

そのとき、自分は何のためにこの仕事をしているのか、と深く考えさせられました。人の役に立ちたいと思って選んだ道だったのに、結果的に何もできなかったと感じたのです。起訴・不起訴という枠を超えて、検事としてできる付加価値がもっとあったのではないか、と。それ以来、たとえ最終的な判断が被害者の望むものでなかったとしても、傷ついた人の心に寄り添い、ケアにつながるような選択肢を提示できる存在でありたいという思いを強く持つようになりました。

コロナ禍のロンドンで見つけた、新しい挑戦のかたち

検事から弁護士への転身を決められたのは、どのような理由からでしょうか?

根底には「自分の能力を社会のために役立てたい」という思いがあります。これまでの経験を振り返るうちに、「自身の強みを最大限に発揮できるフィールドがほかにあるのでは」と考えるようになったのです。検事という仕事は、公平性を保つために誰がやっても同じであることが大切で、人によって結論が変わると困るわけです。一方で私は、むしろ自分らしさを生かして価値を創出したいという気持ちがある。たとえば、これまで身につけてきた英語力や国際的な感覚を、検事という立場では十分に活かせない。自分ならではの力がより必要とされる場があるのではないかと考えるようになりました。

在英国日本大使館での勤務経験を通じて、自分の関心や適性がより明確になったことも大きかったです。私は「こういうことをやってみたい」という思いがたくさんあるタイプです。でも、役所や検察では、基本的に発生した仕事に対応する形が中心で、自分から仕事を作ったり、広げたりする機会は限られています。だったら、自分の意志で案件を見つけ、関わり方を切り拓いていける環境のほうが、面白そうだと感じたのです。

在英国日本大使館でのご経験が一つの転機になったとのことですが、具体的にはどのような出来事があったのでしょうか?

2020年7月の赴任直後のロンドンはまさにコロナ禍の真っ只中。ロックダウンで人と直接会うことができず、外交官としては「いったい何ができるのか」と手探りのスタートでした。

しかし、やがてオンライン会議のインフラが整ってきたとき、「これは逆にチャンスかもしれない」と思ったのです。従来なら政府や裁判所のトップ同士が顔を合わせるには、どちらかが現地を訪れる必要がありましたが、オンラインなら場所に縛られずに会える。そう考えて、日本と英国の最高裁長官による初のオンライン会談を実現させました。その後には、両国の法務大臣同士のオンライン会談も実施。そして関係が深まり、2023年7月、日本の法務省と英国の法務省とのあいだで協力覚書を締結することができました。これは日本の法務省とG7国の協力覚書としては初めてのものです。加えて、2023年末には、英国の最高裁長官が日本を公式訪問するに至りました。これも初めての出来事だったと思います。コロナ禍のなかで粘り強く築いてきた協力関係が、しっかりと形になったことを実感した出来事です。

コロナ禍での副次的な効用としては、英国法の勉強をしっかりする時間が取れたことで、英国の弁護士資格の取得をすることもできたのですが、これによって現地の政府関係者や法曹関係者から信頼を得やすくなったと感じることもありました。政府関係者から「マサユキのほうが当地の法律を知っているのでは」などと言われたときには、お世辞かもしれませんが、うまく信頼関係を構築できていると感じました。

「やってみたい」を尊重してくれる場所との出会い

弁護士としての新たなスタートにあたり、TKIを選ばれた理由を教えてください。

TKIは、日本の法律事務所のなかでも、国際的な要素を含む案件が非常に多いのが特徴です。外国人弁護士も多く在籍しており、クライアントが日本企業であっても、相手方が海外企業だったり、案件そのものが海外と関わっていたりすることが少なくありません。実際、私が関わっている案件のほとんども、何らかの形で海外との接点があります。そうした環境のなかで、英語力や国際感覚を活かして仕事ができるという点に大きな魅力を感じました。

そして何より、自分の経験や関心を活かして、幅広い分野に挑戦できる土壌があることは、転身にあたってとても心強かったです。代表の森弁護士からは面接のときから一貫して「働く弁護士自身が幸せであることが大切」と伝えられてきました。自分で進みたい道を選び、その意志を尊重してもらえる環境がある。そして、「これをやってみたい」と手を挙げれば、「ぜひやってみて」と背中を押してくれる。そうした自由で前向きな風土が、自分にはとても合っていると感じました。

実際に入所されてみて、いかがでしたか?

現在TKIでは、不正調査や危機管理をはじめ、紛争解決やコンプライアンスの案件を担当しています。しかしながら、想像以上に幅広い案件に関わらせてもらっています。たとえばM&A案件では、私がこれまでに培ってきた経験を活かせる領域を任せてもらえました。検事時代の視点や国際的な知見を加えることで、提案の幅が広がり、案件に深みが出ると感じています。「こういう案件にも自分が関われるんだ」と、自分でも驚くことがあります。

「事実を見抜く力」が、弁護士としての礎に

検事出身の弁護士として、ご自身の強みはどこにあると感じていますか?

検事の仕事で培った「調査力」は大きな強みになっています。不正調査などでは、当事者や目撃者、関係者から話を聞き、真実を明らかにしていく必要があります。これは検事の仕事そのものですね。

ただ単にインタビューするだけでなく、相手が本当のことを話しているかを見極め、言葉と証拠の整合性を確認する。そして、それを説得力のある文書にまとめ、法的な観点から分析する。こうした一連のプロセスを何千という事件で経験してきたことは、弁護士としての現在の業務にとても役立っています。

弁護士として特に注力していきたい分野はありますか?

社会の変化とともに、サイバーセキュリティの重要性はますます高まっています。実際、多くの企業がサイバー攻撃の被害に直面しており、私自身も検事時代にサイバー犯罪捜査に携わってきました。弁護士のなかでもまだ専門家が少ない分野なので、積極的に取り組んでいきたいと考えています。

たとえば、ランサムウェア被害の対応では、犯人が海外にいるケースも多く、国際的な捜査協力が不可欠です。被害企業がどのタイミングで警察に相談すべきか、情報をどう開示すべきかといった判断は難しく、そうした場面で私の経験が役に立つと感じています。

また、刑事弁護や被害者支援にも携わっています。こうした活動を通じて、TKIが利益追求だけでなく、社会的責任を果たす事務所として認知されるよう貢献していきたいと思います。

「AかBか」ではない選択肢を見つけるために

検事時代のご経験から、弁護士として今も大切にしている価値観はありますか?

もともと検事になって刑事事件に携わろうと思ったのは、そこに人間の「不合理さ」や「ドロドロした感情」が表れるからでした。社会の片隅で起きている事件の背景には、人間の複雑な心理が渦巻いている。その多面性や意思決定の裏側にあるものを知りたいといった、「人間とは何か」という根源的な問いへの興味が自分のなかにあったのだと思います。

この”人間への興味”は、弁護士としての仕事にも通じています。企業は抽象的な存在に見えますが、実際に動かしているのは一人ひとりの人間です。たとえば、法務部の担当者が「組織としてはこうだが、自分の思いは違う」と葛藤を抱えているかもしれない。あるいは、部門間の対立のなかで、自部署の立場を守りたいという思いを持っているかもしれません。

相談者の表面的な要望だけでなく、その背後にある真のニーズや置かれた状況を理解し、最適な解決策を提案する。それができるのは、人間の機微に対する感度があればこそだと思います。

若手時代の苦いご経験も、今に活きているように感じます。

「選択肢はAかBだけじゃない」。これは、若手の頃に痛感した教訓です。当時は、起訴か不起訴かという二者択一の判断だけが検事の役割だと思い込んでいました。でも実際には、その中間にこそ、より適切な対応や寄り添い方があることを学びました。

弁護士としても、訴訟で勝つか負けるかといった単純な枠組みにとらわれず、クライアントにとって本当に望ましい結果は何かを常に考えています。そのためには、まず相手のニーズを丁寧にくみ取り、寄り添う姿勢が欠かせません。

検事、行政官、外交官、そして弁護士というキャリアを歩まれてきた大竹弁護士が、10年後に目指す法律家像はどのようなものでしょうか?

まずは、目の前の一つひとつの案件に真摯に向き合い、クライアントからの信頼を積み重ねていくこと。それが今の自分の最優先です。「大竹に相談してよかった」と思ってもらえるような仕事をしていきたい。そして10年後には、「この案件は大竹に任せたい」と名指しでご依頼いただけるような弁護士になっていたいと思っています。確かな専門性と、信頼される人間性の両方を備えた存在を目指して、これからも研鑽を重ねていきます。

(取材・文:周藤 瞳美、写真:岩田 伸久)