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【コラム】世界の政府によるワクチン接種の義務化

民主主義、独裁主義、個人主義、集団主義を問わず、多くの国でワクチン接種の義務化が行われており、その合法性に関する議論を呼んでいます。この問題は、執政権、労働法、さらには人権にも関わる多面的な法的問題です。多くの科学的な根拠が必要とされることや、このような義務化が政治的色彩を帯びることにより、この種の規制を制定し実行することがますます複雑化しています。

2021年半ば以降、いくつかの国や民間企業が、程度の差こそあれ、それぞれ国民と従業員にワクチン接種を義務付けています。

世界各国の政府や民間企業が実施している様々なワクチン義務化を分析し、これらの義務化を相互に比較し、日本のアプローチとも比較します。また、このような義務化が日系企業の海外拠点や子会社に与える影響についても考察します。

ワクチン接種の義務化には、大きく分けて2種類あります。政府や地方自治体が行うものと、民間企業が行うものです。
(民間企業による義務化については、こちら

世界の政府によるワクチン接種の義務化

アメリカ、イギリス、フランス、ギリシャ、中国、アラブ首長国連邦、カナダ、オーストラリア、イタリアをはじめとする様々な国でワクチン接種の義務化が進んでいます。ほとんどの国では、医療従事者や介護施設のスタッフなど、特定のグループに対してのみ義務化が行われています。また、ギリシャなどの一部の国や、ニューヨークなどの州政府は、バーやレストランの利用者にワクチンを接種させることを企業に義務付けています。イタリアでは、「グリーンパス」制度により、すべての政府機関および民間企業の従業員にワクチンの接種証明を義務付けており、世界で最も厳しいワクチン義務化の一つとなっています。

今回は、アメリカ、イギリス、中国の3カ国の政府のアプローチの違いを、日本と比較しながらご紹介します。

アメリカ

2021年7月、バイデン大統領は、連邦政府職員にワクチン接種を義務付けることを発表しました。また、9月には、従業員100人以上の企業は、従業員にワクチンを接種させるか、あるいは毎週検査を受けさせなければならないと発表しました。これらの義務化を合わせると、アメリカの労働力の3分の2以上が適用対象になると推定されます。これに従わない従業員には解雇されるリスクがあり、義務化を怠った雇用主には最大で14,000ドルの罰金が科せられるおそれがあります。例えば、10月初めの時点で、18,000人以上のワシントン州の労働者が、ワクチン接種の義務化を理由に解雇、辞職、退職しています。

バイデン大統領の指令は、労働安全衛生法に基づく緊急権限に基づいて出されたものです。連邦政府という雇用主のトップの立場から、連邦政府の労働者にワクチン接種を要求し、安全な職場を守るための緊急基準を制定する権限を通じて、企業に労働者のワクチン接種を徹底するよう命じたのです。その際、バイデン大統領は執政権の行使権限に依拠して、連邦政府が国民にワクチン接種を義務付けることはできないとの判断を示した判例を回避しようとしましたが、バイデン政権はすでにアリゾナ州、アイオワ州、モンタナ州、ニューハンプシャー州などから法律的な面での反発を受けています。テキサス州知事は、「個人的な良心の理由」を含む広範な適用除外を与えてワクチンの義務化を無効にする知事令を発表しました。今後、さらに多くの州が、義務化に異議を唱え、独自の命令を出すことになるものと思われます。

イギリス

アメリカに比べて、イギリスは保守的なアプローチをとっています。11月初旬、介護施設の職員に加えて、NHSの第一線で働く職員にもワクチン接種が義務付けられると発表されました。また、ナイトクラブや大規模なイベントでは、来場者にワクチンの接種証明書の提示を求める計画が持ち上がっていましたが、9月に中止されました。その代わり、イギリス政府は、冬の間に状況が悪化した場合の「プランB」として、ワクチン接種の義務化に関する意見を募集しています。

中国

中国政府は、厳密には中央政府レベルではワクチン接種を義務付けていません。実際には、習近平が「10月末までに11億人がワクチンを完全に接種する」という目標を掲げているため、地方自治体が中央政府の目標を達成するために極限まで措置を実施することが求められています。地方自治体の中には、子供本人とその家族が完全にワクチンを接種しなければ学校に戻ることを禁止している地域や、ワクチン接種を受けていない人の公共の場への立ち入りを禁止する地域、国有企業の従業員がワクチン接種を受けるまで給料を差し引いている地域もあります。

日本

多くの国では、政府による厳しいロックダウン規制を経験してきましたが、日本では、政府の権限は憲法上限定されているため、国民に自宅待機を要請することしかできず、違反に対して制裁を科すこともできません。ワクチンの強制接種に関しても、政府がロックダウン命令を出せないことに加えて、法律上、ワクチン接種は努力義務にすぎないとの原則が確立されていると考えられている日本では、地方自治体や民間企業が強制的にワクチンを接種させることはできないと考えられています。

日系企業の海外拠点・子会社への影響

海外でビジネスを展開している日本企業は、現地の規制の最新情報を常に確認し、刻々と変化する政府の命令や規制に従い会社のワクチンポリシーを規定する必要があります。アメリカやイタリアのように、連邦政府や民間企業の従業員に対する厳格な政府命令が課せられている国に進出している企業の場合、それらの遵守状況を監視し、それに応じて社内方針を規定する必要があります。

政府が大規模な義務化を行っている一方で、民間企業も職場でのワクチン義務化が可能かどうかについては不透明なままです。

(執筆担当者:グリアー中田


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