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【コラム】インドは異国の地すぎるのか? – 第1回:インド進出に関する実務上の重要な検討事項

インドは異国の地すぎるのか?
第1回:インド進出に関する実務上の重要な検討事項

日本とインドは過去70年もの長きにわたって、お互いにとってかけがえのないパートナーシップを築いてきました。これにより、両国の政府間だけでなく、民間企業間においても、多くの取引が実行及び促進されてきました。しかし、日本の成熟した経済、潤沢な忍耐強い資産(patient capital)、圧倒的な技術力と、インドの活気ある成長市場、熟練した労働力、計画的なインフラ整備の進行を考えると、両国間の取引をより盛んに、幅広く行う機会はまだまだ多く残されています。

本コラムの情報は、インドの法律事務所AZB & Partnersより提供いただいています。AZB & Partnersはインドにおける名門法律事務所であり、私どもにおいても強固な関係を築いてまいりました。

本コラムでは、第1回として、私どもの経験から導きだされた、インド及び日本の観点からの、インド市場参入への実務上の重要なポイントを掘り下げてお伝えしていきます。

【JVパートナーの選定】

日本企業が初めてインドに進出する場合、インドの現地パートナーと共同で合弁(JV)を設立することが従来から望ましいとされてきました。これは、日本企業においてインドのパートナーの現地規制に関するノウハウやビジネス上のノウハウにアクセスし活用できるようにするため、あるいは、100%の出資比率による外国投資が認められていない事業分野(例えば、保険業等)を行うため等、様々な理由によります。

そのため、適切なJVパートナーを選定することが、インド進出の成功を左右する最も重要な要素になります。そして、JVを成功させるためには、信頼でき、日本企業の経営ビジョンや倫理観と共鳴するJVパートナーを選ぶことが重要です。日本・インド間のJVについては、JV当事者間の紛争が目立ち、よく指摘されます。しかし、実はこれらの紛争は、日本・インド間のJVの成功例1からすると異例で、むしろ適切なパートナーを選ぶことの重要性を強調するものであって、インド市場に対する日本の投資を躊躇させるべきものではないといえます。

日本企業の、対面での取引を好み、提案された合弁事業に対して我慢強く慎重に検討する性向は、JVパートナーの選定における天性の強みとなります。さらに、ますます一般的になっている企業の傾向として、提案されたインドのJVパートナー、その個人オーナー、Promoter(プロモーター)及び関係当事者に関して、場合によってはフォレンジック・デューデリジェンスを含む、堅実的なデューデリジェンスを実施することが挙げられるところであり、これは非常に有用な手段であると認識されています。

【インドの外資規制と価格規制の理解】

インドは資本統制経済が採られており、外貨の流出入は1999年インド外国為替管理法(及び同法に基づく様々な規則や規制)によって統制されています。インド政府は過去10年間で外国からの直接投資に対する規制を大幅に自由化してきており、ほとんどの事業分野に対する投資に政府の承認は不要となっています。

インドへの対内投資(インバウンド投資)に関連する、外資規制の文脈における重要な留意点をいくつかご紹介します。

価格規制(pricing guidelines):インド非居住者による外国直接投資は、公正な市場価格(fair market value)2以上の価格でのみ行うことができます。逆に、非居住者がインド企業の株式をインド居住者に売却する場合、居住者が支払うことのできる価格は公正な市場価格を超えることはできません。非居住者のみの間での株式譲渡の場合、価格規制は適用されません。なお、「公正な市場価格」は、独立企業間で用いられるのと同様の国際的に認められた価格算定方法に基づいて算定される必要があり、その算定方法に関して当事者には一定の柔軟性があります。

投資において重要な障害となるのは、評価額の合意に到達できないことです。この問題を解決するために、経験上、次のような方法が有効であると考えられます。

  • 対価の繰延べ:インド居住者と非居住者の取引では、支払うべき対価の総額の25%を超えない範囲で、最長18ヶ月間、対価の繰延べが認められています。実務上、インドの承認取引銀行(インド準備銀行(中央銀行)の監督下でインドの外国為替を管理する銀行:AD Bank)は、前払いされる対価の額が「公正な市場価格」を下回らないように要求しています。これは、繰延払い部分の対価が最終的に支払われない場合でも価格規制が遵守されるようにするためです。繰延部分の支払いは、適用される業績指標に連動するように合意することができるため、一定の制限の下でバリュエーションの調整と柔軟な対応が可能となります。
  • 転換可能な証券の利用:インド非居住者にも、インド企業が発行する株式及び強制転換証券(優先株式又は社債)に投資することが認められています。転換証券の場合、その価格や転換の算定式は発行時に前もって決定され、転換時の価格は転換証券の発行時に存在した株式の「公正な市場価値」を下回ってはなりません。これは、非居住者にとっては、転換証券の転換の算定式や転換比率をインド企業の業績に連動させるオプションとなります。つまり、会社の業績が良ければ1転換証券がより多くの株式に転換され、会社の業績が悪ければより少ない株式数に転換されるような転換比率の算定式を設定することができます。転換可能な証券の利用により、上記の「公正な市場価値」の要件に従うことを条件として、非居住者である投資家に十分なダウンサイドプロテクションを提供することができます。

陸上国境を接する国:インドと国境を接する国(例:中国)の企業、又は当該国が実質的に所有する3企業による外国直接投資は、政府の承認が必要です。

ダウンストリーム・インベストメント(downstream investments):外国投資に関する問題として、間接外国投資、あるいは、「ダウンストリーム・インベストメント」と呼ばれるものもあります。インド非居住者によって支配又は過半数を所有されているインド企業(Foreign Owned/Controlled Companies:FOCC)が、さらに他のインド企業に対して投資を行おうとする場合、その投資はインド法人による投資ではありますが、FOCCによるものであることにより、間接外国投資又はダウンストリーム・インベストメントとして分類されます。FOCCによる他のインド企業への投資は、外国から調達した資金(すなわち、関連する非居住者企業がFOCCに出資し、ダウンストリーム・インベストメントの方法で投資先企業に投資した資金)、又は、FOCCの内部収益から調達する資金によってのみ行うことができます。インド国内市場で調達した資金は、FOCCによるインド企業への追加投資に利用することはできません。また、ダウンストリーム・インベストメントについては、非居住者による投資と同様、価格規制や報告義務が適用されます。すなわち、FOCCは実質的に非居住者とみなされ、FOCCによる他のインド企業への投資は、新株発行の引受け、居住者からの株式購入のいずれの方法によるものであっても、公正な市場価格以上の価格でしか行えません。逆に、FOCCが他のインド企業の株式をインド居住者に売却する場合、居住者が支払うことのできる価格は、公正な市場価格を超えてはなりません。もっとも、興味深いのは、FOCCと非居住者との間の譲渡に対する価格規制の適用です。この場合、FOCCは居住者と同様に扱われるため、FOCCは非居住者に対して投資先であるインド企業の株式の公正な市場価格を上回る価格を支払うことはできず、同様に、非居住者がFOCCからインド企業の株式を購入する際には、当該株式の公正な市場価格以上の価格をFOCCに支払わなければなりません。また、FOCCが、インドの居住者において制限なく自由に利用できる「繰延対価」(上記「対価の繰延べ」参照)の恩恵を受けられるかどうかについて、一定の見解の相違も見られます。このように、FOCCを通じた投資については、様々な構成上の制限やその他の制限を考慮する必要があります。

【経営権】

また、投資先・合弁会社の経営権を維持できるかどうかも、交渉が長期化している重要なポイントです。インドの会社法上、会社のほとんどの意思決定について、まず取締役会の承認を得る必要があります。そして、法令で定められた特定の事項については、株主総会での承認(普通決議(50%超)や特別決議(75%以上))が必要となります。したがって、投資家の持株比率に応じて、特定の事項についての法令上の拒否権が一定程度与えられています。

JVを50対50の比率で設立し、当該JVの取締役会における取締役の代表権を均等にする場合、株主間に発生し得るデッドロックを解消するためのメカニズムを策定することが非常に重要です。このような場合、デッドロックの解消メカニズムの発動により、Exitせざるを得なくなることが多いため、そのような事態が生じないようにデッドロック条項を作成することが重要になります。インド居住者と非居住者のJVにおいて、しばしば最も重要となる典型的なデッドロックは、JVの将来の資金調達時に生じるものであり、これは、規制上の観点(特定の規制事業部門において法令で定められた純資産を維持するため)やJVの事業目的一般のために必要となる可能性があります。このようなデッドロックが予見可能であれば、JV契約に予め対策を組み込むことで、法令遵守や事業目的のために必要な場合には、実質的にJVパートナー1社で全ての決議を行い、JVの資金調達のための全ての手続を行うことができるようにしておくことができます。このケースにおいて、事業目的のための資金需要は、通常、3年又は5年のローリングビジネスプランと連動しています。つまり、通常、JVの取締役会によりローリングビジネスプランが採択され、その後、JVパートナーにおいてそのビジネスプランに従って全ての資金需要を賄う必要があります。そして、JVパートナーのいずれかがビジネスプランに従って必要な資金を調達できない場合、もう一方のJVパートナーはその特権として、たとえ他方のJVパートナーの株式の希釈化をもたらすとしても、必要な資金の一部又は全部を株式引受け又は株主ローンの方法で出資することができます。このような場合、非出資JVパートナーは、上記の方法による出資を妨げるような議決権又は拒否権を有さず、事実上これに関する議決権を放棄しなければならない旨をJV契約上明記する必要があります。外国企業であるJVパートナーがインド企業であるJVパートナーの株式を希釈化することなく追加出資することを望む場合には、議決権に差を設けた株式(特定のケースにおいてその発行には一定の条件を満たすことが必要となります)や、株主ローン(インドの外資規制上の対外商業借入関連規制に準拠する必要があり、その規制には、最低平均償還期間、認定貸主及び最終資金使途の制限等が含まれます)を用いることが考えられます。

JVの比率が不均等な場合(例えば、日本企業が30%出資のマイノリティ株主である場合)には、特定の事項に対する拒否権(すなわち、拒否権者の賛成票又は承認がなければ決議できない事項)を契約上合意するのが一般的です。通常、これらの拒否権は、投資先・合弁会社の規約にも盛り込まれています。拒否権事項はかなり厳しく交渉されますが、経験則上、少数株主であるJVパートナーの経済的・戦略的利益の保護の確保に資する全ての事項を含む必要があります。

グッド・コーポレート・ガバナンスを実現する観点から、拒否権は、拒否権保有者が投資家としての立場で承認した事項のみを取締役会又は株主総会で取り上げることができる仕組みにすることが推奨されます。これは、インド法上、全ての取締役が会社の利益のために行動する信認義務を負っており、JVパートナーとJV自体の間に利害の相違がある場合に利益相反状況が生じる可能性があるためです。

これに関連して、JVにおいては、各JVパートナーが指名した取締役(ノミニー取締役)を業務上の責任が発生した場合の金銭的損失から保護できるように、適切なD&O保険を利用することも推奨されます。

【知的財産権保護】

最後に、知的財産権の保護も重要なポイントです。日本・インド間では、日本のJVパートナーによる技術提携や技術移転を軸にJVが設立されている例が多くあります。このような場合、知的財産権の保護と保全は非常に重要な問題です。

JVによる進出の場合、JVパートナーがインドで特許、商標、その他の知的財産権(IP)を登録し、JVに対して、ライセンス契約、ノウハウ契約、技術サービス/支援契約、名称・ロゴライセンス契約(通称:正規ユーザー契約)によって、当該IPを使用する権利を譲渡禁止の条件の下で付与するべきです。

JVへのIPのライセンス、及び、JVが終了した場合の当該IPの取得と返還の問題は、特に日本のパートナーによって技術が導入された技術重工業の文脈では、JVパートナー間で議論され、契約で定めておくべき非常に繊細で重要な問題です。


1インド工業連盟(CII)は近年、日本・インド間のビジネスの成功事例の概要をまとめました。

2インド証券取引委員会(SEBI)に登録された勅許会計士もしくはマーチャントバンカー、又は原価会計士の判断によります。

3AD Bankは通常、企業が制限国によって実質的に所有されているかどうかを評価するために、10%の閾値を適用します。例えば、投資を行おうとするプライベートエクイティファンドの参加LP(リミテッド・パートナーシップ)の10%以上が中国の居住者である場合、その投資には政府の承認が必要となります。正確にいうと、このような10%の閾値は、通常、AD Bankによって戦略投資家とプライベートエクイティ投資家の双方に適用されます。

(執筆担当者:岩崎アイヤル


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではなく、AZB & Partnersや東京国際法律事務所又は各執筆者との間で委任関係等を構築するものではありません。
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