M&A(企業買収等)規制・当局対応

【コラム】経済法・経済安全保障 EU外国補助金規則(2)

経済法・経済安全保障 EU外国補助金規則(2)
― EUにおけるM&Aでの実務上の対応 ―

はじめに

本コラムは、第1回と第2回の二部構成で、2023年7月12日より適用が開始されたEUの市場歪曲的な外国補助金に関する規則(以下「EU外国補助金規則」または「本規則」といいます。)の解説を行い、EUにおけるM&Aへの実務上の影響を考察するものです。

今回は、本規則による企業結合届出の要件と、2023年7月10日に公表されたばかりの本規則の施行規則(以下「施行規則」といいます。)の内容を踏まえて、届出の内容および手続、届出にかかわるスケジュールを分析し、本規則がEUでのM&Aに与える影響について分析します。なお、本規則は、企業結合と公共調達を規制対象としますが、本稿では、M&Aに絞った分析を行うため、企業結合にかかわる部分のみを検討します。

EUにおけるM&Aとの関係では、(1) 従前からある競争法上の企業結合規制と(2) 2020年以降導入された安全保障等を目的とした対内直接投資規制の2点について初期的検討が必要とされることが多かったですが、本規則はそれらに加わる第3のイシューとなります。場合により3つのファイリングが必要となることがあり、個別の届出に拘泥することなく、全体的に俯瞰して最適解をスムーズかつスピーディに導けるかということが案件成功の鍵の一つとなります。

1. EU外国補助金規則における届出要件

(1) 届出対象となる「企業結合」

A. 概要

本規則は、届出対象となる「企業結合」を、以下のいずれかにより「支配権」の移転が生じるものであると定義しています1

  1. それ以前は独立していた企業または企業の一部の合併
  2. 一人以上の者(少なくとも一つの企業の支配権を有するもの)または一つ以上の企業による、一つ以上の企業の全部または一部に対する、直接または間接の支配権の取得(有価証券の取得であるか事業の取得であるかを問わず、契約によるかその他の方法によるかを問わない。)

加えて、本規則は、自律的な経済主体の全機能を継続的に営むようなJV(いわゆるフルファンクションJV)の設立も、「企業結合」にあたるとしています2。JV設立については、フルファンクションJVのみを規制の対象とする点は、EU企業結合規則に基づく企業結合届出における規律と同様であり、EU規制の特徴の一つです。

B. 支配権

企業結合の定義にいう「支配権」(control)とは、権利、契約その他の手段であって、独立にまたは合算して、事実上または関連する法律上の対価に関連して、企業に対し意思決定上の影響力を及ぼすものであり、とりわけ、以下のものを指すとされています3。「支配権」というと、例えば、企業の議決権の過半数を有している場合を意味すると誤解されがちなところですが、「決定的な影響」(decisive influence)は諸事情を考慮して判断されますので、日本法上の「支配」(会社法施行規則第3条第3項参照)の意義とは異なるところは要注意です。

  1. 企業の所有権または全部または一部の資産を使用する権利
  2. 企業の会議体の構成、議決権または決定に対して決定的な影響をもたらす権利または契約

また、支配権を取得する主体は、以下のいずれかであるとされます4

  1. 権利の保持者または契約上の権利を付与されている者
  2. 権利の保持者または契約上の権利を付与されている者ではないにもかかわらず、それらから派生する権利を行使する権限のある者

(2) 売上高基準および資金的貢献の閾値

A. 概要

本規則は、前記のように定義される企業結合のうち一定の基準を満たすもののみを事前届出の対象としています。具体的には、(a) EU域内の売上高基準と、(b) 資金的貢献の閾値が設けられており、これらをいずれも満たす場合に事前届出が必要となります。

  1. 売上高基準…合併当事企業(合併の場合)のうち少なくとも1社、対象会社(買収の場合)またはJVが、EU域内で設立され、かつ、EU域内で5億ユーロ以上の売上高を有すること5
  2. 資金的貢献の閾値…以下の企業らが、契約締結、公開買付公告または支配権の取得から過去3年の間に、合算して、総額5,000万ユーロを超える資金的貢献を、EU非加盟国から受けていること6
    1. 買収の場合、買収を行う企業または企業らおよび対象会社
    2. 合併の場合、合併の当事企業ら
    3. JVの場合、JVを設立する企業らおよび当該JV

売上高基準は、対象会社等一グループ単独の売上高が問題となるのに対して、資金的貢献の閾値は、対象会社グループが受領した金額と買収を行う企業グループが受領した金額が合算されて判定されることに注意が必要です。

B. 売上高と資金的貢献の計算方法

売上高と資金的貢献の額は、グループ企業におけるそれらを合算して計算されます。
すなわち、

  1. 当該企業
  2. 当該企業が直接または間接に、
    1. 資本または事業資産の過半数を所有している企業
    2. 議決権の過半数を行使する権限を有している企業
    3. 取締役会、執行委員会その他当該企業を代表する会議体の構成員の過半数を指名する権限を有している企業
  3. 当該企業に対して上記(b)に掲げる権限を有している企業
  4. (c)に掲げる企業が(b)に掲げる権限を有している(その他の)企業
  5. (a)から(d)に掲げる企業が共同して(b)に掲げる権限を有している企業

の売上高またはそれらが受領した資金的貢献の額が合算されます7

(3) 例外

もっとも、これらの基準を満たさず、事前届出義務が本来生じない企業結合であったとしても、欧州委員会の職権によって事前届出義務が生じる場合があります。欧州委員会は、事前届出義務が生じないあらゆる企業結合について、当該企業結合を行う事業者に対し過去3年の間に外国補助金が与えられた疑いがあるときは、その実行前であればいつでも、事前届出を求めることができます。欧州委員会からかかる求めがあった企業結合は、事前届出義務のある企業結合と同じ扱いを受け、禁止期間等の定めが適用されることとなります8

2.届出の内容および手続

(1) 届出書に記載すべき情報

本規則適用開始直前の2023年7月10日に、施行規則が公表されました。施行規則には、届出の手続の詳細や届出書の様式(以下「FS-CO様式」といいます。)が定められています。

FS-CO様式のもとで届け出なければならない情報は、次のとおりです9

  1. 企業結合の基礎情報
    具体的な内容は以下のとおりです10
    ・エグゼクティブ・サマリー:ビッド案件か否かや、企業結合の戦略的・経済的根拠等が含まれます。
    ・企業結合の当事者の情報。
    ・企業結合の詳細・保有割合および支配権:取引価格とその支払形態、買収資金の調達方法や提供主体等が含まれます。
    ・届出の閾値:売上高基準と、資金的貢献の閾値に関する情報。
  2. 受領した資金的貢献に関する情報11
    ・受領した資金的貢献のうち、金額が100万ユーロ以上のものについては、歪曲の恐れを判断するため、本規則第5条1項(a)~(d)に定める歪曲の恐れの高いカテゴリに属するか否かや、資金的貢献の形態、付与した国、各金額、目的と経済的根拠、付された条件、主要な要素と性質(例:ローンの場合の利率と期間)、当該資金的貢献が授与を受けた当事者に利益をもたらすかどうか、当該資金的貢献が法律上または事実上特定の企業または業界に限られているかどうかといった、個々の資金的貢献についてのより詳細な情報が求められます。
  3. 資金的貢献が市場歪曲をもたらすかどうかの分析に必要な情報12
    具体的には、以下の情報が含まれます。
    ・企業結合がビッド案件の場合、ビッドプロセスの詳細と判明している他の買い手候補者の属性(PEファンド、事業会社等)。
    ・対象会社の事業と、事業ごとの製品/サービスおよび顧客、ならびに届出事業者が同種または関連する事業を行っているかどうか。
    ・対象会社および届出事業者の各事業ごとの、全世界レベルおよびEUレベルでの売上高、EU域内での売上高が当該事業全体の売上高に占める割合。
    ・前セクションで追加情報を提出した各金額が100万ユーロ以上の資金的貢献について、それらが企業結合の当事者の競争上の地位を向上させるか否か、およびどのように向上させるか。
    ・当該企業結合が、企業結合規則に基づく企業結合届出その他の届出義務を生じさせたか否かおよび届出の状況。
  4. 資金的貢献がもたらしうるプラスの効果に関する情報13
    ・域内市場における関連する経済活動の発展にプラスの影響を与えうるもの。関連する政策目標、とりわけEUの政策目標に合致するプラスの効果と、それらの効果の発生時期・発生場所および内容。
  5. 補足資料14
    ・本規則第5条1項(a)~(d)の歪曲の恐れが高いカテゴリに属しうる資金的貢献に関する補足資料。
    ・経営会議、取締役会または監査役会で作成または受領された次の文書。(1) 分析レポート、調査報告書、プレゼン資料等であって、本規則第5条1項(a)~(d)の歪曲の恐れが高いカテゴリに属しうる資金的貢献の目的、使途および経済的な根拠を検討したもの、(2) 分析レポート、調査報告書、プレゼン資料等であって、企業結合の理論的根拠を分析したもの、(3) 外部アドバイザーが対象会社DDに関わった場合は、当該外部アドバイザーが作成したDDレポートおよび取引対価のバリュエーションに関する資料。
    ・最新の年間財務諸表または事業報告書のHPアドレス(HPアドレスがない場合にはそれらの写し)。

(2) 欧州委員会との事前協議

届出をする当事者は、届出書のドラフトを作成したうえで届出前に欧州委員会と事前協議を行うことが推奨されています。事前協議では、当事者は、FS-CO様式で要求されている情報であっても、その情報が入手できない合理的な理由またはその情報が事案の審査に不要な理由を説明して、当該情報を提出対象から除外するよう求めることができます15

3. 届出スケジュール

(1) 事前届出の時期および当事者

届出要件を満たす企業結合は、最終契約締結からクロージングまでの間に届け出なければならないとされています。もっとも、最終契約締結前であっても、欧州委員会に対し、契約締結の意思があることを誠実に示した場合も、届出を行うことができます16

届出をすべき当事者は、合併の場合は当事企業双方が共同して、支配権の共同取得の場合は共同取得を行う企業らが共同して行う必要があります。それ以外の全ての場合は、買手企業が行う必要があります17

(2) 禁止期間

EU外国補助金規則のもとで事業者が事前届出義務を負う場合、企業結合は、事前届出の完了から25営業日の間は実行が禁じられます。また、欧州委員会は事前届出の完了から25営業日以内に2次審査を開始することができ、その場合、企業結合は、2次審査の開始から90営業日の間は実行が禁じられます。かかる禁止期間は、事業者が確約を行う場合は、さらに15営業日延長されます。また、欧州委員会は、欧州委員会が求めた情報を事業者が提出しない場合や、欧州委員会がEU域内で行う立入検査を事業者が拒んだ場合、禁止期間の進行を止めることができます18

1次審査で終了し、2次審査に進まない場合は、欧州委員会はその旨を審査対象企業に通知します19。2次審査に進む場合は、欧州委員会は、2次審査の後、(i) 確約付き決定、(ii) 企業結合に対し異議のない旨の決定、または(iii) 企業結合の禁止決定、のいずれかの決定を行います。かかる決定は、2次審査開始後90営業日の禁止期間内に行わなければならず、禁止期間内に欧州委員会が決定を行わない場合は、事業者は企業結合を実行することが認められています20

4.M&Aに与える影響と実務上の対応

(1) M&Aプロセスの進め方に与える影響

本規則のもとで実務上問題になると考えられるのは、本規則が置いている(a) 売上高基準と(b) 資金的貢献の閾値の2つの要件をどのような順番でどのように検討するか、という点です。

合併または買収の場合は、合併当事企業または対象会社の売上高が、合併の相手方候補や対象会社候補を絞り込む段階である程度見通しを立てつつ、DDの中でEU域内の売上高の開示を求めることが多いと考えられるため、(a) 売上高基準から検討してゆくことになると思われます。

これに対して、JVの場合は、例えばEU域内に新たにJVを組成して既存事業の一部を移管するような場合、JVに移管する事業内容とJVの事業計画を詰めていく段階で(a) 売上高基準を検討することになると考えられます。そうすると、JVへ移管する事業内容が固まった後に売上高基準への該当性が明らかになるケースも生じると思われます。その場合は、(b) 資金的貢献の閾値を判断するための追加DDが必要になると考えられます。

(a) の売上高基準の検討は、従前においても企業結合規則に基づく企業結合届出の要否を判断するために売上高を確認する必要があったため、新たに大きな負担となるものではないと思われます。ただし、売上高の対象地域(本規則ではEU域内であるのに対し、企業結合届出の場合は全世界やEU加盟国ごとの売上高も必要となります。)や閾値に違いがあるため、注意して整理する必要があります。

(2) 資金的貢献に関するデュー・ディリジェンス

売上高基準の該当性が判明したら、次に、(b) 資金的貢献の閾値該当性を検討しなければなりません。

ところが、自社グループが受領した政府からの資金的貢献は、通常、一括管理されているわけではないため、関係しうるあらゆる部署・グループ企業に周知して情報提供を求めなければなりません。しかも、「資金的貢献」は、補助金の形態に限らずあらゆる経済的利益を含み(そのため、財務諸表上も一見して明らかではありません。)、その提供主体も、政府・地方公共団体に限らず、政府系ファンドのように該当性が不明確なものもありうるため、判断に迷うケースが出てくるはずです。したがって、資金的貢献の閾値該当性の判断のためには、一定の時間と労力を要するDDが必要になると考えられます。

また、資金的貢献の額は、(i) 買収の場合は、買収側グループおよび対象会社グループの、(ii) 合併の場合は、合併の当事企業らのグループの、(iii) JVの場合は、JVを設立する企業らのグループおよび当該JVの額が合算されるため、各当事者についてDDを実施する必要が生じます。このとき、各当事者について誰がDDを実施するのかが1つの論点となりえます。

さらに、DDの結果判明した資金的貢献に関する情報を、届出の際にどこまで欧州委員会に開示するか/開示しなくてよいのかという点も問題となります。例えば、欧州委員会のQ&Aによれば、国家安全保障や防衛装備品の取引に関する契約に基づく売上も「資金的貢献」にカウントされる、とされています。他方で、こうした契約は守秘性が高いことから、届出の際に開示しなければならないのか否かが問題となりますが、同Q&Aによれば、本規則第5条1項(a)~(d)に定める歪曲の恐れが高いカテゴリに入らなければ、当該取引が市場取引と同様の条件で行われている限り、原則として、契約内容を開示する必要はない、とされています21

(3) M&Aの契約上の対応

M&Aの契約上、本規則によるサンクションのリスクをヘッジする方法としては、(a) 届出および欧州委員会からのクリアランスの取得をクロージングの前提条件とする、(b) 対象会社が売上高や資金的貢献に関する情報を正確に開示したことの表明保証を求める、といった方法が考えられるところです。この点、資金的貢献に関する情報は、その外縁の判断が困難であることから、どこまでの範囲を表明保証対象とするのかが一つの論点になると考えられます。

(4) おわりに 本規則は、EUでのM&Aに新たな手続的負担を課すものであり、またその対応に時間を要することが想定されるため、なるべく初期段階から本規則上の対応について検討することが望ましいといえます。また、たとえば事前協議のタイミングや事前協議に要する時間等、本規則に関する実務上の対応策はブラッシュアップされることが予想され、今後も最新動向に留意しつつ迅速な対応を行っていくことが必要です。


1本規則第20条1項。
2本規則第20条2項。
3本規則第20条5項。
4本規則第20条6項。
5本規則第20条3項(a)。
6本規則第20条3項(b)。
7本規則第22条4項、第23条。
8本規則第21条5項。
9FS-CO様式 Introduction 2.2項。
10FS-CO様式セクション1~4。
11FS-CO様式セクション5。
12FS-CO様式セクション6。
13FS-CO様式セクション7。
14FS-CO様式セクション8。
15FS-CO様式Introduction 5.8項、5.9項。
16本規則第21条1項・2項。
17本規則第21条3項。
18本規則第24条1項・5項、第25条2項。
19本規則第10条4項。
20本規則第25条3項・4項。
21欧州委員会Q&A No.14。

(執筆担当者:山田岩崎植村中田


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