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【コラム】国際的なサステナビリティ・コンプライアンスの課題に挑む:インドにおける人権とコンプライアンス

国際的なサステナビリティ・コンプライアンスの課題に挑む
インドにおける人権とコンプライアンス

SDGs、デジタル化、AI規制といった世界的なトレンドが、企業のあり方に影響を与えています。チームで働いている以上、ほとんどの企業にとって、雇用や人権に関する問題への対応は喫緊の課題です。各国では、人権や雇用に関するさまざまな規制が不定期に導入されており、多くの日本企業にとって、変化し続けるこれらの規則やコンプライアンス上の要請への対応は、高いハードルとなっています。

しかし、人権や関連する問題に対する世界的な関心の高さに鑑みれば、これらの問題に関する情報を常にアップデートしておくことは、極めて重要です。企業の中には、持続可能なサプライチェーンの確保のために、取引開始前や取引中に、人権に関する対応状況を確認し合う企業もあります。人権関連の法は、法的リスクのみならず、レピュテーションリスクも発生させる(しかも、かかるレピュテーションリスクは、コンプライアンス違反の場合だけでなく、不適切行為や不正行為が疑われるにとどまる場合であっても生じうる)点でも独特です。さらに、最高裁判所を含むインドの裁判所は、これらの法の文言・趣旨に沿った運用がなされているかを、以前にも増して注視するようになってきています。

本コラムでは、上記のような法令の一つであるPOSH法を取り上げ、日本企業がインドでビジネスを行う際(特に、インドに10人以上の従業員を雇用する子会社がある場合)に注意すべき、最近の同法上の問題について、分かりやすく解説します。

POSH法とは?

2013年に制定され、正式には、職場における女性へのセクシュアル・ハラスメント(の防止、禁止及び救済)法と呼ばれるPOSH法は、1997年にインドの最高裁判所が下したVishaka判決1を受けて制定されました。同法上の多くの条項について、インドの裁判所が示した解釈が長年にわたり積み重ねられており、インドにおけるPOSH法に関する法律や慣行を理解するためには、これらの解釈も全て考慮する必要があります(つまり、これらの解釈まで含めて、一体のPOSH法と扱われています。)。

POSH法は、インドにある全ての職場に適用されます。POSH法は、大要、以下の内容を定めています。

  • セクシュアル・ハラスメントの定義(身体的、言語的又は非言語的な行為を含む。)。
  • 使用者の定義(職場の管理、監督、統制に責任を負う一切の者を指す。)。
  • 職場の定義(仕事場、仕事中に訪れる場所及びソーシャルネットワークを含む。)。
  • 職場における女性へのセクシュアル・ハラスメントに関する苦情及び調査の手続。
  • 職場における女性へのセクシュアル・ハラスメントが生じた場合に取るべき措置。

使用者は何をしなければならないのか?

POSH法における使用者の主な義務は、以下の通りです。

  • 女性が安心して働ける職場環境を提供すること。
  • 従業員に対し、セクシュアル・ハラスメントの内容及びそれが招来し得る結果や、セクシュアル・ハラスメントが生じた場合の苦情手続について教育する研修を、定期的に実施すること。
  • かかる苦情を適時に救済するために、内部苦情対応委員会(Internal Complaints Committee、ICC)を設置すること。

ICCの設置は、全ての使用者に義務付けられているのか?

ICCの設置は、10人以上の従業員を雇用する全ての使用者に義務付けられています。ICCの構成及びICCが従うべき手続(セクシュアル・ハラスメントに関する苦情につき調査を実施する場合の手続)は、POSH法に詳しく規定されています。他方、従業員が10人未満の組織の場合には、ICCの設置は義務付けられていません。この場合、セクシュアル・ハラスメントに関する苦情は全て、POSH法に従い地方自治体が設置する、地域苦情対応委員会(Local Complaints Committee、LCC)へ送られることになります。

ICCを設置する必要のある使用者は、ICCの構成に関して、以下の点に注意する必要があります。

  • 最低4人のメンバーで構成され、そのうち少なくとも50%は女性であること。
  • 議長は、上級職の女性従業員が務めること。
  • 最低1人は外部組織(NGO等)のメンバーであること。当該メンバーは、セクシュアル・ハラスメントに関する問題に精通し、5年以上のソーシャルワーカーとしての経験を有する必要があること。

POSH法に違反した場合、どうなるか?

  • ICC設置義務への違反をはじめ、POSH法を遵守しなかった場合、最高で5万インドルピーの罰金が科されます。違反が繰り返される場合には、より重い罰則が科される可能性があるほか、当局による使用者のライセンス又は登録の取消の可能性があります。
  • さらに、2013年制定の会社法における要求(後述「終わりに」参照。)に従わなかった場合、違反した会社に対し5万~250万インドルピー(約9万~440万円)2の罰金が、違反した役員1人につき5万~50万インドルピー(約9万~90万円)の罰金若しくは3年以下の禁固刑又はその両方が、それぞれ科される可能性があります3

実施上の課題

POSH法への対応にあたり課題となりやすい点として、以下が挙げられます。

  • ICCの構成:POSH法が定める厳格な要件への対応が必要となるためです。
  • ICCメンバーの専門性:ICCメンバーは、必ずしもPOSH法上の手続や要件に精通していません。
  • ICCメンバーの公平性:同じ組織で働く人々がICCのメンバーを務めるため、手続の公平性がよく問題となります。特に、上位の経営陣や上位の従業員が手続に関与する場合にその傾向が顕著です。
  • 上訴:ICCの裁定や決定が裁判所へ上訴されることもよくあり、その場合、解決までの期間が必要以上に長期化する可能性があります。

最近の傾向

上記のような上訴の発生を受けて、最近、インドの最高裁判所が、インドにおけるより効果的なPOSH法実施のための指針を示す判決を下しました4。特筆すべき点は、以下のとおりです。

  • 中央政府及び州政府は、ICC(設置が必要な場合)又はLCCが、POSH法に従って適切に構成されているかを検証しなければならない。
  • 使用者は、ICCのメンバーがその義務を適切に果たせるよう、セミナー、ワークショップ又は研修会等を通じて、ICCメンバーを教育しなければならない。
  • 使用者は、女性従業員に対し、POSH法に基づき彼女らが有する権利及び救済措置について、教示しなければならない。

終わりに

企業は、POSH法に基づき、既に一定の情報の公表・開示義務を負っています。例えば、毎年、年次報告書において、当該企業において提訴された事件、係争中又はICCにより処分された事件の数を、それぞれ開示しなければなりません。上記に加え、2013年制定の会社法のもとでは、取締役会報告書において、POSH法上の規定(特にICCの設置に関する規定)の遵守状況の開示も必須となりました。インドの裁判所も、調査の実施方法を定めるとともに、使用者が実施にあたり遵守すべきPOSH法の趣旨を説く判示をし続けています。上記に鑑みれば、ここまで時間はかかったものの、POSH法はまさに今速いペースで導入が進んでおり、インドの裁判所や関係当局が積極的に監視している分野であることが分かります。今後は一層、POSH法遵守のために積極的な対応をとることが望ましいといえるでしょう。


1Vishaka & Ors vs. State of Rajasthan & Ors.
22023年9月19日時点での為替レートを参考に、1インドルピー1.775円を基準として、日本円金額を算出しています。
32013年制定の会社法では、違反した役員には、取締役とその他の主要管理職が含まれます。
4Aureliano Fernandes Vs. State of Goa and Others

(執筆担当者:岩崎アイヤル/執筆協力者:木村


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