コンプライアンス

【コラム】実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド

実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの
整備・運用のためのガイド
-カルテル・談合への対応を中心として-

1. はじめに

令和5年(2023年)12月21日、公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)は、「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド-カルテル・談合への対応を中心として-」(以下「本ガイド」といいます。)を公表しました。

本ガイドは、公取委のアンケート調査やヒアリング調査を通じた各企業の取組状況や、各国競争当局等のコンプライアンスプログラムを踏まえ、主にカルテル・談合に関する独占禁止法コンプライアンスプログラムの「ベストプラクティス」を整理したものとされています。

本ガイドで示される独禁法コンプライアンスプログラムは、(1) 独禁法コンプライアンス全般、(2) 違反行為を未然に防止するための具体的な施策、(3) 違反行為を早期に発見し的確な対応を採るための具体的な施策、(4) プログラムの定期的な評価とアップデート、の4つの構成要素に分かれています。

本ガイドは80頁とやや文量が多いため、本ニュースレターでは、当該パートごとに重要な点を概説しつつ、実務上の活用ポイントについてもご紹介します。

2. 「実効的な独禁法コンプライアンスプログラムの構成要素」について

(1) 独禁法コンプライアンス全般

I. 経営トップのコミットメントとイニシアティブ

まず挙げられているのが、経営トップが独禁法コンプライアンスプログラムの整備・運用に本気で取り組んでいることを示すことです。これは単純なことでありながら、実務的にも非常に重要な観点です。例えば、経営トップである社長が営業成績を重視し、過度なノルマを課しているような場合、従業員は独禁法を守ってビジネスチャンスを逃すくらいなら、リスクを負ってでも売上を追い求めてしまいかねません。他方、経営トップが「コンプライアンス違反から生まれた利益は1円たりとも要らない」といった強いメッセージを全従業員向けに発信すれば、社内のコンプライアンス意識は高まるでしょう(本ガイドの「参考となる取組の例」(P11)参照)。

経営トップのコミットメントの示し方は、社内イントラへの掲載、メール配信や社内研修の冒頭でコメントするなどがあります。また、その伝達頻度や、内容の分かりやすさも重要となります。

II. 自社の実情に応じた独禁法違反リスクの評価とリスクに応じた対応

各事業者が扱う商品・役務の特性や、競合他社の数、市場シェア等によって、リスクの高い領域は異なりますので、有限であるリソースをリスクの高い領域に重点的に配分する必要があります。リスクを識別するためには、事業者団体への加入の有無、競合他社との接触機会の有無、汎用製品か特注品か、といった視点が参考になると考えます。また、役職員に対するアンケートやヒアリングを実施し、現場の実態を把握することが有益になります。

III. 独禁法コンプライアンスの推進に係る基本方針・手続の整備・運用

企業が定めた方針は社内ルールとして確立させ、役職員に浸透させる必要があります。社内ルールを定める形式としては、「行動規範」、「コンプライアンス基本規程」、「コンプライアンスマニュアル」等があり、それぞれの位置づけ・役割に沿った内容を盛り込むことが重要です。理解しやすい明快な文章で作成した上で、これらの社内ルールに役職員がアクセスしやすい環境を作り、定期的にリマインドするなどして、役職員全体の認知度を高める工夫が必要です。

IV. 組織体制の整備及び十分な権限とリソースの配分

本ガイドでは、3線モデルによる組織体制が推奨されています。3線モデルとは、第1線の事業部門が日常的モニタリングを通じてリスク管理をし、第2線のリスク管理部門が部門横断的なリスク管理をし、第3線の内部監査部門が独立的評価をそれぞれ担うという体制をいいます。組織内の権限と責任を明確化しつつ、これらの機能を取締役会又は監査役等による監督・監視と適切に連携させることが重要であるとされています。

実効性のある組織体制にするためには、責任を持って対応する部署・責任者を設置することと、当該部署・責任者に然るべき専門性、独立性、権限を与えることが重要です。「参考となる取組の例」にも、コンプライアンスに関する取組の責任者として役員を置いた例や、法務・コンプライアンス部門を経営トップの直轄とし、同部門の長を役員とする例が挙げられています。

V. 企業グループとしての一体的な取組

近年、企業グループを形成し、様々な国・地域の企業をグループの傘下に置く企業も増加しています。また、経済のグローバル化に伴い、複数の国・地域をまたいで事業活動が行われるようになってきています。そのため、海外子会社の所在する国・地域や、自社グループの事業活動が関係する国・地域の競争法を意識したコンプライアンス体制を整備することが望まれます。

海外子会社をブラックボックス化してしまうことなく、日本本社にてグループ全体を統括するコンプライアンス体制の整備・ルール作りを行うことが重要となります。

(2) 違反行為の未然防止策

I. 競争事業者との接触に関する社内ルールの整備・運用

違法行為の未然防止策として、競争事業者との接触について禁止したり管理したりすることが挙げられます。競争促進的な業務提携を実施するために競争事業者と接触することもあり得ますので、基本的には一律に禁止してしまうのではなく、事前申請・承認・事後報告というルールを整備して適切に管理するのが適切な対応と考えます。

競争事業者が同席する場であれば展示会であっても事前申請させるのか、どんな理由がなければ承認しないのか、といったルールの厳格さは、各事業者ごとの独禁法違反リスクの高低に沿って判断する必要があります。従業員の独禁法コンプライアンスについての意識が低いような場合には、敢えて厳しめにルールを設けて規範意識を高めることも考えられます。

II. 社内研修の実施

せっかく行動規範や社内ルールを制定しても、それが個々の役職員に浸透していなければ無意味です。そのために、効果的な社内研修の実施が鍵となります。退屈で記憶に残らない社内研修ではなく、興味・関心を引き、独禁法コンプライアンスを「自分事」として捉えてもらうための工夫が施された社内研修にする必要があります。

そのための方法としてはいくつか考えられますが、「参考となる取組の例」として、「排除措置命令を受けた事案で代理人を依頼した弁護士に具体的に何が問題であったのかを含めて説明してもらい、また、立入検査の状況をストーリー仕立てで説明してもらった。」、「独占禁止法に詳しい弁護士を講師に招き、官公需の受注に関わる営業担当者はもちろん、他の営業担当者、役員、管理職等も対象として研修を行っている。」といった例が挙げられています。

III. 独禁法に関する相談体制の整備・運用

いかにマニュアルを作成したり、社内研修を行ったとしても、具体的なケースに照らして独禁法に違反するか否かを現場の従業員が判断することが難しい場合もあり得ます。そのため、現場の従業員がためらうことなく相談できる部署や担当者(以下「相談窓口」といいます。)を決めるなどの体制の整備が求められます。

相談窓口を決めた後は、経営トップから相談窓口の利用を奨励してもらったり、各種マニュアルに記載するなどして、役職員に広く周知することも重要です。

そして、何より重要なのが、相談を受けた際の回答です。独禁法は、「違反のおそれがあるか否か」でいえば、「違反のおそれがある」といわざるを得ないケースが多々あります。そのため、リスクの大小を問わずに「違反のおそれがあるので差し控えてください。」と回答してしまうと、現場の従業員からは「相談窓口に相談すると否定的な回答しかもらえないので、相談は控えよう。」と思われてしまいかねません。そうなっては、せっかく整備した相談窓口が利用されなくなってしまいます。これを避けるためにどうするかは非常に難しいところですが、一つは、もし現場の従業員が提案してきた方法だと「独禁法違反のおそれ」があったとしても、当該目的を達成するためには他の独禁法違反のおそれのない方法が存在するかもしれませんので、達成したい目的は何か、そのためには別の方法で足りないか、といった点をしっかりと検討する姿勢を示すことが挙げられます。そして、他の方法の検討やリサーチの結果、独禁法違反のおそれがある行為を実施したいという現場の要請が消えない場合であっても、そのリスクの大小は様々ですので、実務感覚のある弁護士に相談してリスクの程度を評価することにより、ビジネスに後ろ向きになり過ぎない法務チェックを行うことが可能になります。本ガイドにも、「顧問弁護士や独占禁止法に関する専門的な知見・経験を有する外部の弁護士等をリスト化しておくなど、専門家に迅速に相談することができる体制を作っておくことも重要である。」とされています(第2. 2 (3) イ)。

IV. 独禁法違反に関する社内懲戒ルール等の整備・運用

独禁法違反行為の未然防止や早期発見のためには、これらのための取組を不当に怠った場合に役職員が受ける可能性があるペナルティ(懲戒処分)について明確に示す必要があります。就業規則や懲戒規程等に懲戒の規定を置いた上で、マニュアルや社内研修等を通じて懲戒処分の対象であることを周知することが重要です。

「参考となる取組の例」では、内規を改訂して役員に対する新たな懲戒の条項を新設したこと、「法令違反」に含めるのではなく「独占禁止法違反」と明確化した懲戒処分規定を追加したこと、が効果的であったとされています。

(3) 違反行為の早期発見・対応策

I. 独禁法監査の実施

前記(2)で述べた措置を採っていたとしても、独禁法違反行為を完全に防止することは困難ですので、早期に発見し、迅速かつ適切な対応を採れるようにしておくことが重要になります(例えば、談合やカルテルの場合、課徴金減免申請を早期に行えば行うほど、課徴金の免除や高い率の減額を得られる可能性が高まります。)。

定期的な独禁法監査を実施することにより、早期の発見を促進するだけでなく、役職員に違反行為を思い止まらせる効果も期待できます。

具体的な監査の方法ですが、基本的には、(i) 競争事業者との間の文書(合意書、議事録、領収書等)のチェックや、競争事業者とのメール等のやりとりについてキーワード検索によるレビューをする、という書面監査の方法と、(ii) 役職員に対するヒアリングによる方法が有益と考えられます。監査対象は、リスクの高低に応じて決定すべきでしょう。

独禁法監査の効果を高めるためには、リスクに応じた適切な頻度で実施すること、監査担当者は独立性のある部署の担当者や外部弁護士とすること、経営トップから監査の重要性を役職員に説明してもらい円滑化を図ること、事前に通知してからの監査だけではなく抜き打ちの監査も行うことなど、ポイントを押さえることが重要です。

II. 内部通報制度の整備・運用

違反行為の早期発見のためには、役職員から直接の連絡を受けることが有用ですので、適切な報告・相談先の確保が重要になります。消費者庁の「平成28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」58頁では、内部通報制度を導入している事業者内における不正発見の端緒として「従業員等からの内部通報(通報窓口や管理職等への通報)」が挙げられている割合が58.8%と最も高い結果となっていましたので、非常に有効な手段といえます。

内部通報制度を効果的に運用するための工夫については本ガイドの61頁以降に挙げられていますが、「参考となる取組の例」として、自社の内部窓口では通報しにくい実態がある事業者において、法律事務所等の外部窓口を設置した結果、通報件数が大幅に増加したとの例が挙げられています。

III. 社内リニエンシー制度の導入

社内リニエンシー制度とは、独禁法違反行為への関与を自主的に申告し社内調査に協力した場合に懲戒処分の減免を認める制度をいいます。前記I、IIに加え、不正を行っている本人から申告させて不正を検知することができれば、違反行為の迅速な把握が可能となりますが、自主的に申告させるためにはインセンティブの付与が必要になりますので、社内リニエンシー制度の導入が検討に値します。

社内リニエンシー制度を設けるのであれば、「減免することがある」や「減免することができる」といった会社に裁量を残す規定ぶりにしてしまうと、申告者にとって十分なインセンティブの付与になりません。また、自主的な申告や調査の協力により懲戒処分を減免する運用の事業者は多いですが、制度化されていない単なる実務上の運用では申告を促すには十分ではない点にも留意が必要です。

IV. 独禁法違反の疑いが生じた後の的確な対応

前記Iで述べたとおり、談合やカルテルについては、課徴金減免申請を早期に行えば行うほど事業者にはメリットがあります。そのため、疑いが生じたときに、適切な対応が迅速にできるかどうかが重要になります。課徴金減免申請は、専門性のある弁護士の協力が不可欠です。「参考となる取組の例」にも、「日本の特定の弁護士及びフォレンジック会社をあらかじめ選定し、競争当局の調査が開始された際には弁護士の指示に基づき迅速に社内調査を行う体制を整えている。」というのが挙げられていますが、日頃から体制を整備しておくことが重要です。

また、独禁法違反行為が一件発覚した場合、その事例のみを調査すればよいというわけではありません。氷山の一角かもしれませんので、他の製品やサービスについて同様の行為が行われていないか調査する必要があります。また、将来の違反行為を防ぐ為に、再発防止策は策定・実施はできているかという観点から、継続的に的確な対応をしていく必要があります。

(4) プログラムの評価・アップデート

前記(1)~(3)で言及した独禁法コンプライアンスプログラムが整備されたとしても、定期的に評価・見直しをする必要があることはいうまでもありません。

法改正はもちろん、業界の慣行や市場環境の変化によっても、適切なコンプライアンスプログラムは異なってきますので、その意味でも見直しをしていく必要があります。

プログラムの評価の頻度については、特に何年ごとに実施すべきという決まりはありませんが、本ガイドでは「少なくともプログラムの整備・運用が一巡したタイミングで実施することが望ましい(M&A等により企業の規模又はビジネスの範囲に大きな変化が生じたタイミングや、独占禁止法違反行為が発見され調査が行われたタイミング等に、プログラムの評価を行うことも考えられる。)。」とされています。例えば、1年ごとにプログラムの運用状況(例えば、競争事業者との接触に関する申告件数・内容、内部通報制度の利用件数・内容等)を集計した報告書を経営トップ等に報告し、アップデートの要否を議論する契機にすることが考えられます。期待したほどの認知度・利用数となっていない場合、従業員にアンケートをしてその理由の検証をするなど、積極的に改善に努めることが重要です。

3. まとめ

冒頭で述べたとおり、本ガイドはあくまで「ベストプラクティス」を整理したものであり、本ガイド75頁でも「中小企業や管理部門のリソースが不足している企業等が本ガイドの全ての構成要素を完璧に整備・運用することは困難であると考えられる。」とされています。

まずは、本ガイドに沿って自社のコンプライアンスプログラムの整備具合を確認して足りないところを洗い出し、効果の高さと整備にかかる時間・コストの程度を勘案して、最適な対策を進めていきましょう。

(執筆担当者:植村


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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植村 直樹
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