【コラム】不可抗力条項、契約のフラストレーションの法理及びハードシップ条項:サプライチェーン危機における契約リスクへの対応
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※本稿は英語で作成された原文をもとに日本語訳を掲載しています。英語版の全文は以下よりご覧いただけます。→ [英語版全文はこちら]
本稿は、大規模なサプライチェーン混乱の文脈において、不可抗力条項、契約のフラストレーション(後発的履行不能)の法理及びハードシップ条項(事情変更条項)がどのように機能するかを検討し、海運・エネルギー・商取引・建設分野における企業にとっての主要な契約リスクの論点を整理するものです。
- 不可抗力条項・契約のフラストレーションの法理・ハードシップ条項の違いは何ですか? ― 不可抗力条項は、契約上の救済手段であり、一定の要件を満たす場合に履行停止又は解除を認めるものです。契約のフラストレーションの法理は、コモンロー上の法理であり、後発的事象により、契約の性質が根本的に変化した場合に将来に向かって当事者双方を履行義務から免れさせる法理です。ハードシップ条項は、事情の変更により契約上の給付の均衡が根本的に変更された場合に、再交渉を認めるものであり、当然に履行を免除するものではありません。
- 不可抗力条項とは何であり、どのような場合に主張できますか? ― 不可抗力条項は契約に明示されて初めて機能する制度であり、その適用は全面的に当該条項の文言に依拠します。一般的には、当該事象が当事者の支配を超え、当該条項に該当し、履行不能の真の原因であることなどが求められます。
- 契約のフラストレーションの法理とは何ですか? ― 契約のフラストレーションの法理とは、当事者のいずれにも帰責せず、かつ契約締結時に予見されていなかった後発的事象により、履行内容が当初合意された内容から根本的に異なるものとなった場合に、将来に向かって当事者双方を履行義務から免れさせる法理です。ただし、その適用のハードルは高く、単なるコスト増加や遅延だけでは通常認められません。
- ハードシップ条項とは何ですか?不可抗力との違いは? ― ハードシップ条項は、予見不可能な事情変更により契約上の給付の均衡が根本的に変更された場合に、再交渉を求めることを可能にします。不可抗力と異なり、履行は当然に免除されず、当事者間での誠実協議義務が課されます。
危機の概要とその法的意義
世界の石油の約5分の1及びLNGの相当量が通過するホルムズ海峡の閉鎖は、近時において最も重大なサプライチェーン混乱の一つを引き起こしています。船舶が喜望峰経由への迂回を余儀なくされることにより、輸送日数は大幅に伸長し、運賃は高騰し、コモディティ価格は大きく変動している状況です。企業法務実務に携わる弁護士及びその依頼者にとっての喫緊の問題は、単なるオペレーション上の問題ではなく、むしろ契約上の問題です。すなわち、誰がリスクを負担するのか、誰が履行義務を免れるのか、そしていかなる救済手段が残されているのか、という点にあります。
本ニュースレターでは、これらの問題の中核にある三つの法理、すなわち、不可抗力条項、契約のフラストレーション(後発的履行不能)の法理及びハードシップ条項(事情変更条項)を取り上げ、とりわけ影響の大きい各業界における実務的影響を考察します。
三つの法理の概要
1. 不可抗力条項
不可抗力条項は、契約上明示的に規定されて初めて機能する制度であり、その適用は全面的に当該条項の文言に依拠します。適切に起案された条項は、典型的には、戦争行為、政府措置、自然災害、封鎖等の発動事由を列挙し、通知義務、履行停止権、さらに障害が継続した場合の解除事由を定めます。 ホルムズ海峡の閉鎖は、多くの標準的な条項の下で不可抗力事由に該当し得ますが、それは当然に認められるものではありません。裁判所及び仲裁廷は、通常、次の各点を精査します。すなわち、
(i) 当該事象が定義された事由に含まれるか、
(ii) 当該事象が予見不可能であり、かつ当事者の支配を超えるものであるか、
(iii) 救済を求める当事者が損害軽減のために合理的措置を講じたか、
(iv) 当該事象が履行不能の真の原因であり、単にその一因にとどまるものではないか
という点です。
とりわけ重要なのは、喜望峰ルートのような代替航路が存在する場合、多くの条項は、大幅な追加費用を要するとしても、不可抗力条項を援用する前に、まずその代替航路の利用を求めるという点にあります。
2. 契約のフラストレーションの法理
不可抗力条項が存在しない場合、又は当該条項が問題となる事象について規定していない場合、当事者はコモン・ロー上の契約のフラストレーションの法理に依拠することがあります。英国法上、契約のフラストレーションの法理とは、当事者のいずれにも帰責せず、かつ契約締結時に予見されていなかった後発的事象により、履行内容が当初合意された内容から根本的に異なるものとなった場合に、将来に向かって当事者双方を履行義務から免れさせる法理をいいます。
もっとも、その適用基準は厳格です。単なる商業的不都合、費用増加又は履行遅延のみでは足りません。しかし、契約が真にホルムズ海峡の通航を前提としている場合、例えばホルムズ海峡近接港での積込みを指定するFOB契約などにおいては、契約の商業的基礎そのものが失われたとして、相応に説得力のある主張が成り立ち得ます。英国裁判所は、障害の継続期間、契約期間全体に占める影響割合、及び迂回の商業的実現可能性を総合考慮することになります。
3. ハードシップ条項
国際商取引契約において近時ますます一般的となっているハードシップ条項は、しばしば「重大な不利益変更」条項又は「経済的均衡」条項として起草されますが、予見不可能な事情変更により契約上の給付の均衡が根本的に変更された場合に、再交渉を求めることを可能にします。不可抗力条項と異なり、ハードシップ条項は当然に履行を免除するものではなく、当事者に対し誠実協議義務を課す点に特色があります。そのため、ハードシップ条項は、LNG売買契約や建設EPC契約のような長期契約において、継続的な混乱により履行が経済的に著しく困難となる場面で、特に重要性を有します。
実務上の重要な点として、これら三つの法理は相互に排他的ではないことが挙げられます。不可抗力条項による救済が認められない場合であっても、弁護士は、契約のフラストレーションの法理及びハードシップ条項を並行して検討すべきであり、加えて、価格調整条項、法令改正条項又は重大な不利益変更条項が追加的救済手段を提供しないかを精査すべきです。
業種別の分析
現物コモディティの買主及び売主
コモディティ・トレーダー(商品取引業者)及び現物商品の売買当事者にとって、主要な争点は、インコタームズ、不可抗力条項及び運賃リスクを負担する当事者の確定が複合的に絡み合う点にあります。CIF及びCFR契約の下では、売主が運送手配リスクを負い、指定航路が利用不能となった場合には不可抗力条項を援用し得ます。他方、FOB条件の下では、貨物が本船に積み込まれた時点で買主が運賃リスクを負担し、買主は迂回輸送費用の負担に晒され得ます。
原材料の適時納入を前提としている買主は、下流の契約に対して不可抗力条項を援用するか、納期延長を交渉するか、又は契約価格の数倍に達する可能性のあるスポット(現物)価格で代替調達を行うかという難しい判断を迫られます。これに対し、売主としては、喜望峰経由の迂回輸送を提供するか、ハードシップ条項に基づく価格調整を求めるか、又は契約違反請求に直面するかを選択しなければなりません。いずれの立場も容易ではなく、帰趨は結局のところ、契約文言の厳密さに大きく依拠します。
保険者及び保険市場
海上保険者及び戦争危険保険の引受人は、ホルムズ危機の最前線に立たされています。現実に当該地域を通航し、又は通航を試みる船舶については、戦争危険保険料が著しい高騰に直面することが見込まれ、船体保険及び貨物保険の多くには、すでに戦争危険約款に基づき敵対的行為による損害を免責する規定が含まれています。貨物所有者は、地理的除外条項の有無を確認するとともに、喜望峰経由の延長航路が適用対象となるかについて、包括保険及び航海保険の内容を緊急に再点検すべきです。
P&Iクラブ(P&I保険)は、航路逸脱、遅延及び荷主・貨物利害関係者から提起される潜在的な貨物損害請求について、補償を求める船主からの請求の増加に直面し得ます。エネルギー及びコモディティ分野の賠償責任保険者においても、供給を受領できない最終買主からの波及的な事業停止損害の請求の発生を警戒すべきです。当該地政学的封鎖が保険契約上、「戦争」事由に該当するのか、又は「政治的リスク」事由に該当するのかという問題は、保険条件上異なる効果を生じ得るところ、今後多くの訴訟・仲裁を惹起する可能性が高いといえます。
傭船契約及び海運市場
海運関連契約への影響は広範に及びます。BIMCOその他の標準航海傭船契約書式には通常、Conwartime条項その他これに類する戦争危険条項が含まれており、船長及び船主に対して、危険海域の通航を拒絶し、かつ傭船者負担で迂回する権利を与えていることが多いといえます。定期傭船契約の場合には分析は異なり、当該船舶は傭船者の支配下にあり、ホルムズ海峡回避のための航路逸脱は、傭船者が喜望峰経由の迂回期間中における、当該船舶のオフ・ハイヤー(傭船料支払停止)を主張し得るか否かをめぐる紛争を惹起する可能性があります。
レイタイム条項(停泊時間条項)及び滞船料条項もまた影響を受けます。船舶がホルムズ海峡地域の係留地で遅延した場合、又は長距離の代替航路へ迂回した場合、その遅延が傭船契約上の不可抗力事由に起因するものといえるのか、それとも停泊時間の計算に算入されるのかが当事者間で争われることとなります。裁判所が、敵対的な海峡を通過しなければ到達できない港について、もはや当該傭船契約上の「安全港」には該当しないと判断することもあり得ることを考慮すれば、船主としては、安全港及び安全係留地保証条項も慎重に再検討すべきです。
建設プロジェクト
大規模な建設プロジェクト、とりわけ中東及びアジアにおいて、ホルムズ海峡経由で輸入される資材、プラント又は設備に依存するものは、複数の法的リスク要因に晒されます。EPC契約及びFIDIC準拠契約には通常、不可抗力条項又は例外的事由条項が設けられていますが、「prevention of performance(履行の阻止)」という要件は狭く解釈される傾向があります。そのため、請負人が、追加費用と納期遅延を伴いつつもなお履行が可能である場合には、契約上、迂回輸送又はサプライチェーンの障害を特に明示していない限り、不可抗力条項の援用は容易ではありません。 請負人にとってより現実的な手段となりうるのは、変更条項、法令改正条項、並びにFIDIC第8.5条又はこれに相当する条項に基づく工期延長請求である可能性があります。発注者及びプロジェクト・ファイナンスの貸付人としては、長期にわたる供給の障害がクリティカルパス(決定的工程経路)の遅延に波及し、融資実行条件やコベナンツの遵守にも影響し得るため、貸付人のステップイン権(介入権)及び遅延損害金条項を慎重に確認すべきです。紛争が顕在化する前に、発注者、請負人及び保険者の間で早期かつ積極的な協議を行うことが強く推奨されます。
LNG業界
LNG取引は、ホルムズ海峡の混乱により最も本質的な影響を受ける分野の一つです。カタールその他湾岸地域を原産地とする主要なLNG供給量は、欧州及びアジアの買主向けに輸送される過程でホルムズ海峡を通過します。長期LNG売買契約(SPA)は、通常15年から25年に及ぶものであり、仕向地制限、テイク・オア・ペイ義務(引取又は支払義務)及び不可抗力条項が含まれますが、その多くは、現在とは大きく異なる地政学的前提の下で起草されたものです。 契約数量を引き取ること又は引き渡すことができない売主は、不可抗力条項の援用を検討することになります。他方、引渡しの受領不能となった買主は、これに対応する不可抗力条項を援用できない限り、テイク・オア・ペイ義務の履行を迫られることとなります。不可抗力条項の相互作用は、上流の生産者、液化施設、海上輸送、再ガス化設備及び最終買主との契約に至るまで、LNGサプライチェーン全体に連鎖的に波及し、同時多発的な請求が複層的に発生し得ることとなります。調達先を多角化しているポートフォリオ型事業者は相対的に有利な立場を維持し得る一方、単一供給源に依存する買主は、極めて重大なリスクに直面するおそれがあります。
海運・海事産業における広範な論点
傭船契約にとどまらず、海運・海事産業全体においては、体系的な法的論点が顕在化します。たとえば、救助及び難破船除去責任、海事労働条約上の乗組員福祉義務、曳航及び入港に関する紛争、さらには保険申告の適法性等も問題となり得ます。旗国及び寄港国による管理検査体制も混乱し、法令遵守対応が複雑化する可能性があります。船主及び運航者は、自社の逸脱条項、戦争危険条項及び封鎖・拿捕危険特約が、最新の内容であり、実情に適合しているかを確認すべきです。
通常、LMAA又はLCIAに基づくロンドン仲裁が定められている仲裁条項は、広範に発動されることが見込まれます。ホルムズ海峡の混乱は、現代の海運実務における不可抗力条項及び契約のフラストレーションの法理の限界を明確化する新たな仲裁判断の蓄積をもたらす、市場の転換点となる事象としての様相を呈しています。
クライアントが直ちに講ずべき推奨対応
- ホルムズ海峡地域へのエクスポージャーを有する全ての契約について、不可抗力条項、ハードシップ条項及び代替航路条項を中心に、直ちに精査を実施すること。
- 戦争危険保険及び貨物保険の地理的除外条項を確認し、喜望峰経由の迂回輸送が適用対象となることについて書面による確認を取得すること。
- 契約上の通知を遅滞なく発出すること。多くの不可抗力条項には厳格な通知期限が定められており、通知の遅延が当該条項の援用権喪失につながり得ます。
- ハードシップ条項が適用される場合には、相手方と誠実に再交渉を行い、そのやり取りを適切に記録すること。
- 各契約書式に定められた事情変更手続及び工期延長手続について、プロジェクト・チームに対して周知すること。
- 下流の契約のエクスポージャーを検証すること。上流の供給に支障が生じる場合には、バック・トゥ・バックの保護条項の有無を確認し、必要に応じて早急に確保すること。
- 予想される仲裁・訴訟の提起に先立ち、適切な通知義務の履行、契約解除の判断その他の対応について助言を受けるため、可能な限り早期に専門の外部弁護士を起用すること。
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当事務所の海事、保険、エネルギー及び国際商取引プラクティスは、サプライチェーン混乱の影響を受けるあらゆる分野のクライアントに対して助言を提供しております。ご相談をご希望の場合には、当事務所の担当パートナーまでご連絡いただくか、当事務所の危機対応チーム(earl.dolera@tkilaw.com)までお問い合わせいただけますと幸いです。
(執筆:アール・リベラ=ドレラ、翻訳:中野 皓介)
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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アール・リベラ=ドレラは国際仲裁を専門とする紛争解決弁護士です。当事務所入所前は、ベトナムのFrasers Law Company(旧Freehills)においてパートナー兼国際仲裁部門責任者を務め、ICC、SIAC、JCAA、HKIACなど主要仲裁機関に基づく仲裁手続においてクライアントを代理してきました。また、仲裁人(議長仲裁人、単独仲裁人、当事者指名仲裁人)としても継続的に活動しています。
日本、シンガポール、ロンドン、ベトナムなどの主要法域にまたがる紛争案件において豊富な経験を有し、エネルギー、建設、クロスボーダー取引など幅広い分野を取り扱っています。これまでに200件以上、総請求額100億米ドル超に及ぶ案件に関与し、仲裁人、代理人、またはシンガポール、ロンドン、ニューヨークにおける著名な国際仲裁人の下での仲裁廷書記など、様々な立場で実務経験を積んでいます。
イングランド・ウェールズのソリシター資格に加え、ニューヨーク州、テキサス州、およびフィリピンの弁護士資格を有しています。また、Chartered Institute of ArbitratorsおよびSingapore Institute of Arbitratorsのフェローでもあります。

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