【コラム】「支払いの60日ルール」のサプライチェーン全体への拡大 ~支払告示に対するパブコメ・公聴会を踏まえて~
Executive Summary, Key Questions (FAQ) / 要約(クリックで開く)
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「支払告示」とは何ですか?2026年1月に施行された「取適法」とは何が違うのですか?
― 「支払告示」は、取適法の規模要件(資本金・従業員数)から外れる取引であっても、取引上の地位が優越している場合に「60日ルール」を広く義務付ける独占禁止法ベースの規制です。
・目的:サプライチェーン全体における資金繰りの改善と取引の適正化を目的として、令和9年(2027年)4月1日から施行される予定です。
・主な違い(基準):取適法が資本金や従業員数といった形式的な基準で適用を判断するのに対し、支払告示は形式的な基準がなく、受託事業者の地位が委託事業者に対して劣っていないかという実質的な基準で判断されます。
・主な違い(支払方法):取適法では「手形払いの禁止」や、電子記録債権等の利用に「期日までの現金化が困難なものは不可」という限定がありますが、支払告示にはこれらの限定がありません(ただし、手形利用については、令和8年度末に向けて廃止の取組が進められています)。
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電子記録債権やファクタリングで支払う場合、満期日が60日を超えていたり、受託事業者が手数料を負担したりすると違反になりますか?
― 満期日が60日を超えていても、期間内に金融機関から支払を受けられる状態にしていれば直ちに支払告示違反とはなりませんが、不当な負担の押し付けは「優越的地位の濫用」として問題になる可能性があります。
・現金化の要件:給付の受領から60日以内に、発生記録や譲渡承諾等によって受託事業者が金融機関から支払を受けられるようにする必要がありますが、60日以内に現金そのものを受領した状態までの完了は求められません。
・手数料の負担:支払期日の現金化に伴う割引料や受取手数料を受託事業者が負担すること自体は支払告示上問題ありませんが、通常よりも割高な割引料を負担させる場合は「優越的地位の濫用」に該当し得ます。
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「事務手続きの都合」や「検査待ち」などを理由に、受領から60日を超えて支払うことは「正当な理由」として認められますか?
― 単なる「請求書処理等の事務都合」は認められませんが、「精緻な検査に要する期間」などは合理的な理由として認められ得るケースがあります。ただし、適用には受託事業者との「実質的な合意」が不可欠です。
・認められない例: 単なる請求書処理等の事務手続きの便宜 、従来の契約慣行 、投資回収期間が長期に及ぶビジネスモデルを前提とした製造委託等。
・認められ得る例: 情報成果物の水準確認のための精緻な検査に要する期間の斟酌 、第三者への直接納品や為替レート等に応じた代金算定のために受託事業者からの通知を要する場合。
・手続要件: 例外を適用するには、理由を説明した上での「実質的な合意」が必要です。ただし継続的な取引で共通の支払条件を定めている場合は、都度の発注ごとの協議は不要です。 -
自社より規模が大きい大企業への発注であれば、支払告示の対象外(地位が劣っていない)と判断してよいですか?
― いいえ、受注側の事業規模が同等以上であっても、直ちに支払告示の対象外(地位が劣っていない)とは判断されません。
・総合的な判断基準:取引上の地位は、「①受託事業者の取引依存度、②委託事業者の市場における地位、③取引先変更の可能性、④その他取引の必要性を示す具体的事実」を総合的に勘案して判断されます。
・規模が小さい場合:受注者の事業規模が発注者より小さい場合、特段の事情がない限り保護対象(地位が劣っている)とみなされます。
・規模が同等以上の場合:受注者の事業規模が同等以上であっても、発注者への取引依存度が高い場合や、その発注者を取引先とすることが重要である場合は、依然として「地位が劣っている」と判断される要素になります 。また、特定の事業部門や営業拠点ごとの力関係で検討が必要になるケースもあります。
1. はじめに
令和8年(2026年)1月1日に施行された取適法(中小受託取引適正化法)により、中小企業との委託取引に関する規制は大きく強化され、委託事業者となる企業は改正への対応が必要となりました。これに続き、令和9年(2027年)4月1日からは、独占禁止法に基づく「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法」(以下、「支払告示」といいます。)が施行される予定です。公正取引委員会(以下、公取委)による運用基準も公表されています。
支払告示施行の目的は、サプライチェーン全体における資金繰りの改善と取引の適正化です。本コラムでは、パブリックコメントや公聴会等を経て示された運用基準や解釈を踏まえ、実務上の留意点について解説します。
2. 取適法と支払告示との関係(「60日ルール」適用拡大の全体像)
そもそも「60日ルール」とは?
「60日ルール」とは、発注側(委託事業者)が受注側(受託事業者)に対し、「給付(物品やサービス)を受領した日から起算して60日以内に代金を支払わなければならない」とするルールのことです。取適法施行前までは、旧下請法の「資本金基準」などを満たす取引(下請取引)においてのみ、この60日以内の支払いが義務付けられていました。
サプライチェーン全体への規制拡大
「60日ルール」については、取適法の改正から支払告示の制定へと至る二段階のアプローチで適用範囲が拡張されています。まず、2026年1月施行の取適法改正により、新たに「従業員数基準」が追加されたことと「特定運送委託」という類型が追加されたこと等により、取適法の適用対象となる取引の範囲が拡大され、その結果、取適法上の「60日ルール」が適用される範囲も広がりました。
しかし、取適法の規模要件(資本金基準・従業員数基準)を満たさない取引においても、委託が反復継続的になることで取引先の変更が難しくなる構造にあり、依然として代金の支払者である発注者がその地位を背景に、支払の繰延べによる負担を受注側に押し付けやすい状況が見られ、資金繰り等の不都合を生じさせている実態がありました。
そこで、この問題を解消するため、2027年4月に独占禁止法に基づく「支払告示」が新たに制定されます。これにより、取適法の対象から外れる取引であっても、取引上の地位が優越している場合には、広く「60日ルールの適用」が義務付けられることになります。両者の共通点・相違点は以下の表のとおりです。
| 取適法による規制 | 支払告示による規制 | |
|---|---|---|
| 根拠規定 | 取適法に基づく義務規定 | 独占禁止法に基づく不公正な取引方法(特殊指定) |
| 適用要件 |
【形式的な基準】 ・資本金基準 ・従業員数基準 |
【実質的な基準】 ・資本金・従業員数等の形式的な基準はなし ・受託事業者の地位が、委託事業者に対して劣っていないと認められるか否かで判断される |
| 対象となる取引 | 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、特定運送委託(新設) | 左記の取適法と同じ5類型。 |
| 規制内容 | 支払期日(給付の受領日から起算して60日以内に定める必要あり)の経過後、なお代金を支払わないことの禁止 | 正当な理由がない限り、給付を受領した日から60日を超えて代金を支払わないこと(支払遅延)の禁止 |
| 正当化事由 |
・中小受託事業者の責めに帰すべき理由があり、代金の支払前(受領後60日以内)にやり直しをさせる場合 → やり直しをさせた後の受領日が支払期日の起算日となる |
・受託事業者の責めに帰すべき理由がある場合 ・製造委託等をするに当たって受託事業者との合意により支払条件を定め、その条件に従って代金を支払う場合(当該製造委託等の取引における合理的な理由に基づき支払条件を定める場合に限る。) ・あらかじめ受託事業者の同意を得て、かつ、代金の支払の遅延によって当該受託事業者に通常生ずべき損失を委託事業者が負担する場合 |
| 支払方法 |
・手形払いは禁止 ・電子記録債権、ファクタリング等は、「当該代金の支払期日までに当該代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるもの」は不可 |
・手形払い自体は直ちに違反とはならない(ただし令和8年度末に向けた手形の利用廃止の取組が進められている) ・電子記録債権、ファクタリング等は可(取適法のような限定もなし) |
| 違反した場合の措置 | 勧告、指導及び助言、罰則 | 排除措置命令(独占禁止法20条)、確約計画の認定、警告、注意 |
3. 支払告示の内容
「支払告示」は、要旨、以下の行為を不公正な取引方法として定めています。
委託事業者が、受託事業者(※その取引上の地位が委託事業者に対して劣っていないと認められる者を除く)に対し、製造委託等に係る給付に対し支払うべき代金を、その給付を受領した日から起算して60日の期間経過後なお支払わないこと。ただし、当該代金を当該期間内に支払わないことについて正当な理由がある場合は、この限りでない。
4. 支払告示の制定に対する実務上の懸念点・問題点
実務上の懸念点・問題点
上記の支払告示の新設に対し、公聴会やパブリックコメントでは、実務現場から多くの懸念の声が上がっています。というのも、先ほど紹介した条文の中に、実務を悩ませる「3つのグレーな言葉」が存在するからです。
①「なお支払わないこと」の抜け穴?(現金化サイト問題)
【Q. 企業の疑問】
電子記録債権やファクタリング等で支払う場合、満期日(実際に現金化できる日)が受領から60日を超えていた場合支払告示違反か?期日前に現金化する際の割引料や手数料を受託事業者が負担する場合はどうか?
【A. 公取委の回答・見解】
支払手段として電子記録債権、ファクタリング等を使用する場合は、60日以内に、受託事業者に対して、電子記録債権の発生記録・譲渡記録又は代金債権の譲渡承諾等により金融機関から支払を受けることができるようにする必要があるが、受託事業者が代金の満額に相当する現金を受領した状態となることまでは求められない(パブコメNo.23)。
また、支払期日に現金化するに当たり、割引料や受取手数料等を受託事業者が負担することとなるときであっても、支払告示上は問題とならない。しかし、割引料の負担については、通常よりも割高な割引料を受託事業者に負担させるような場合は、独占禁止法の優越的地位の濫用として問題となり得る(パブコメNo.24)。
【TKIコメント】以上のとおり、満期日の設定と手数料等の負担につき、取適法よりも緩和された基準が採用されています。
しかし、公取委は優越的地位の濫用に該当する可能性を指摘していますし、「満期日・決済日等までのサイトについては…今後の状況を注視していく」としているため(公聴会No.1、パブコメNo.23)、あくまで取適法のように融通の利かない画一的な基準ではなくなったという程度に捉え、実質的な支払いの先延ばしの目的でこれらの点を利用することのないよう注意が必要です。
②「正当な理由がある場合」の解釈
【Q. 企業の疑問】
「請求書処理など事務手続の都合」や「情報成果物等での検査待ち期間」を理由に、受領から60日を超えて支払うことは「正当な理由」に該当するか?また、例外が認められる場合、継続取引であっても発注の都度、合意を取り交わす必要があるか?
【A. 公取委の回答・見解】
(ア)何が「合理的な理由」になるか
- 認められない例: 単なる「請求書処理等の事務手続きの便宜」(パブコメNo.31)や「従来の契約慣行」(パブコメNo.30)は、直ちに合理的な理由があるとは認められない。また、投資回収期間が長期に及ぶビジネスモデルを前提とした製造委託等であっても、直ちに「正当な理由がある場合」に該当するとは認められない(パブコメNo.32)。
- 認められ得る例: 情報成果物の水準確認のための精緻な検査に要する期間を斟酌すること(パブコメNo.29)や、第三者への直接納品や実績作業時間、為替レート等に応じた代金算定のために受託事業者からの通知を要する場合に「通知を受領した日」を基準とすること(パブコメNo.39、40)などは、合理的な理由として認められ得る。
(イ)どのように「合意」するか
上記の合理的な理由(検査待ち等)があったとしても、それを例外として適用するには、受託事業者へ理由を説明した上での「実質的な合意」が不可欠である(パブコメNo.27)。ただし、継続的な取引に共通する支払条件を定めている場合は、内容に変更がない限り、個別の発注ごとの都度協議は不要である(パブコメNo.28)。
【TKIコメント】以上のように、一定の判断基準は示されたものの、実際の実務は複雑ですので、個別事案ごとの「合理性」の判断や「十分な協議に基づく合意」のプロセスについては不透明さが残ります。理由の合理性と合意取得の適切性といった、内容面と手続面の両方から検討していく必要があります。
③「取引上の地位が…劣っていない」という基準の解釈
【Q. 企業の疑問】
取適法のような明確な規模基準や定量的な目安がない中、事前にどう該当性を判断すればよいのか?事業規模が自社より小さい企業への発注や、逆に自社と同等以上の大企業に対する発注の場合、支払告示の適用はないと理解して良いか?
【A. 公取委の回答・見解】
運用基準上、「劣っていない」かどうかの判断は、「①受託事業者の委託事業者に対する取引依存度、②委託事業者の市場における地位、③受託事業者にとっての取引先変更の可能性、④その他委託事業者と取引することの必要性を示す具体的事実」を総合的に勘案して行われる。
そもそも「製造委託等」の取引は、委託が反復継続的となり取引先の変更が困難になりやすい構造にあり、発注者が優位に立ちやすい傾向が認められるため、受注者の事業規模が委託事業者に比して小さい場合、正当な理由がないのに給付を受領した日から60日目までに代金が支払われないときは、一般に、当該受注者がこれを受け入れていることをもって、委託事業者が自己の取引上の地位を前提にその負担を押し付けているものと考えられ、特段の事情がない限り保護対象に該当する(パブコメNo.9、10)。
他方で、事業規模が同等以上の場合であっても、直ちに「対象外(劣っていない)」と判断されるものではなく、例えば、委託事業者に対する取引依存度が高い場合や、委託事業者を取引先とすることが重要である場合などは、依然として地位が劣っていると判断される要素になる(パブコメNo.9)。
【TKIコメント】製造委託の構造上、受注者の事業規模が委託事業者に比して小さい場合に60日以内に代金を支払われていない場合には、負担を押し付けているものと考えられる、という「前提」がおかれてしまったため、「事業規模」が小さければ、例外的な事情がない限り、支払告示の適用がないと主張するのは難しいことになります。「事業規模」といっても、各商品群又は各役務群ごと、特定の事業部門や営業拠点ごとの力関係や依存度で検討する必要がある場合も示唆されており(パブコメNo.13、15)、「支払告示の適用はない」と判断しきることの難しさが明らかになりました。
5. おわりに
サプライチェーン全体に広がる「支払いの60日ルール」は、企業に多大な影響を与えます。すでに施行された取適法に加え、2027年4月施行予定の「支払告示」により、今後は取適法の規模要件から外れる取引であっても広く規制の網がかかることになります。
適用対象となる委託取引の点検を急ぐ必要があるほか、例外として60日を超える支払条件を設定するための「合理的な理由」と「十分な協議に基づく合意」を整理するには時間がかかります。
施行に向けて残された時間は多くありませんので、早期に自社の支払条件や契約内容を見直し、適正なコンプライアンス体制の構築に向けた検討を開始しましょう。

東京国際法律事務所
naoki.uemura@tkilaw.com
植村 直輝弁護士
東京国際法律事務所(TKI)カウンセル弁護士。国内大手法律事務所(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)出身。公正取引委員会(JFTC)において3年間、審査官として勤務した経験を持つ、独占禁止法・競争法分野を広く取り扱う。
・主な取扱い分野・注力分野: 独占禁止法・競争法全般(カルテル、入札談合、不公正な取引方法、優越的地位の濫用、下請法・取適法・支払告示対応、グローバルな企業結合届出・M&A)、コンプライアンス体制構築、企業不祥事における内部調査・当局対応、紛争解決(訴訟、調停、仲裁)、知的財産権法。
・主な経験・実績(当職の強み): 公正取引委員会の「審査官」として最前線で違反行為の調査・摘発に携わった実務経験を活かし、当局の実際の運用・視点を踏まえた実践的なリーガルアドバイスの提供に注力している。製造業(自動車・モビリティ産業等)からIT、サービス業まで幅広い業界に対し、カルテル・談合のリスク管理や、法改正(取適法や支払告示など)に伴うサプライチェーン全体の取引適正化・コンプライアンス体制の構築、さらには国境を越えるグローバルな企業結合審査まで、企業の競争法リスクを総合的にコントロールする支援を行う。
・資格: 第一東京弁護士会(2009年登録)

東京国際法律事務所
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