国際紛争(訴訟・仲裁)

【コラム】エネルギー関連仲裁:近時の動向と企業としての判断ポイント(1)

エネルギー関連仲裁
近時の動向と企業としての判断ポイント(1)

国際仲裁の世界は、当事者の合意によって紛争解決の手段や具体的な手続の大部分が定まるという特徴があり、その結果、国内訴訟と比較すると、多様でダイナミックな世界といえます。

そのような多様かつダイナミックな国際仲裁の世界における最新の動向を分析する研究機関として、ロンドン大学クイーンメアリー校の国際仲裁学部(The School of International Arbitration of Queen Mary University of London)が、伝統ある機関として有名です。この研究機関は、時勢に応じた話題や課題に注目し、国際的な法律事務所と協力しながら世界中の仲裁ユーザーを対象とした広範な調査を実施し、その結果を分析・公表しています。

同研究機関は、今年(2023年)1月20日に最新の調査結果を発表しました(2022 Energy Arbitration Survey - School of International Arbitration)。調査テーマは、Energy Arbitration Survey(エネルギー仲裁調査)であり、グローバル・レベルでのエネルギー政策の転換を反映しているといえます。2022年に実施されたエネルギー仲裁調査(以下、「本調査」)の結果は(以下、「本調査結果」)、世界におけるエネルギー関連の国際仲裁の最近の動向や課題を知ることのできる、非常に優れた資料といえます。

本コラムでは、本調査結果に注目しつつ、エネルギー関連の国際仲裁についての最新の動向や、企業として意思決定を求められるポイントについてお届けします。

【調査の手法】

本調査は、2022年5月から10月にかけて、ロンドン大学クイーンメアリー校の国際仲裁学部とピンセントメイソン法律事務所が協働して実施したものです。また、社内弁護士、民間実務家、仲裁人、技術専門家、仲裁機関の代表者、学識経験者、第三者資金提供者などからも、調査用アンケート案について、意見が提供されました。

調査は、定量的な第1フェーズと定性的な第2フェーズの2回に分けて実施されました。

フェーズ1では、多様な背景の人々から回答を得ることを目的として、オンラインのアンケートが使用され、(i)仲裁プロセスにおける役割、(ii)所在地、(iii)関連するエネルギー・サブセクター、(iv)過去5年以内に実施したエネルギー仲裁の件数と経験年数において多様な回答者から回答を得ています。
フェーズ2では、これらのカテゴリーを幅広く横断する50人以上の人物に対して、より深掘りした内容のインタビューを実施しています。

【本調査結果の概要】

1. エネルギー関連紛争の原因

エネルギー仲裁と一口にいっても、仲裁に至る紛争には様々な原因があります。例えば、発電所の建設工事に関する紛争や、石油・ガスをはじめとするエネルギー原料の価格の変動に基づく紛争、政府方針の転換、投資や資金調達に関する紛争など、様々です。

今回の調査からは、過去5年間の主な紛争原因は発電所建設工事に関する紛争でしたが、今後は、むしろエネルギー原料の価格変動が主な原因と予想されています。インタビュー調査において、大手多国籍電力会社の法務部長は、多数の顧客から、「契約上は価格変動時に支払いを拒めることになっている」との主張を受け、実際に支払いが滞っている顧客がいると回答しています。

また、発電所建設工事に関する紛争は今後も依然として主な原因と予想されています。特に、複数のインタビュー回答者は、今後、エネルギー分野で活躍している企業は、エネルギー転換による発電所の設計変更や新技術の構築、市場への潜在的な参入者への対応を余儀なくされ、それらの要素が、適正な契約上のリスク分配を困難にし、結果として紛争を引き起こすものと見ています。

Causes of international energy disputes in the last five years
QUESTION 11: What has caused the most international energy disputes?

The Main Drives of Global Energy Disputes
QUESTION 12: What will cause the most international energy disputes in the short to medium term?

(Future of International Energy Arbitration Survey Report 8-9頁)

2. エネルギー関連仲裁の地域

紛争の発生場所、仲裁地、期日の実施場所

エネルギー関連仲裁の地域を検討する上では、大きく3つの場所の概念があります。1つ目は、紛争の発生場所、2つ目は手続的な「仲裁地」という概念です。3つ目は仲裁手続において準備期日や審問期日を開催する場所ですが、これらの場所は必ずしも同じではありません。

紛争の発生場所は、当該紛争が事実として生じた場所、例えば、エネルギー発電所の遅延に基づく紛争であれば、その発電所が所在している場所が紛争の発生場所です。

紛争の発生場所に対して、仲裁地は手続的な概念です。例えば、上記の発電所建設工事遅延の紛争の例で、当該発電所が北海道に建設されていたとしても、特に発電所建築請負契約の当事者に日本企業以外の企業が含まれている場合には、紛争解決条項として仲裁条項が定められている場合が多く、当該仲裁条項で指定された仲裁地がシンガポールであれば、仲裁地はシンガポールとなります。仲裁地の概念は、当事者の合意していない手続上の問題が生じた場合の規範や、仲裁判断の取消が申し立てられた場合に審査する裁判所を決する際に用いられます。

なお、Case management Conferenceと呼ばれる準備期日を開催する場所や、証人尋問を含むhearingと呼ばれる審問期日を実施する場所は仲裁地と無関係に、当事者と仲裁人との間で協議の上決定され、特に準備期日については、ビデオ会議システムで実施されることも多くなっています。上記の例では、北海道に所在する発電所に関する紛争が生じ、仲裁地はシンガポールとされますが、仲裁人と当事者との協議により、審問期日は、参加者のアクセスを考慮して、東京(例えば、日本国際商事紛争解決機構の東京の審問室)とすることもできます。

紛争の発生地

本調査において、今後、エネルギー関連の紛争が発生しそうな地域について回答を求めたところ、一位は欧州、二位がアジア、三位が中東との回答結果になりました。

Regions and Seats
QUESTION 28: Which regions will see the greatest increase in energy-related disputes?

(Future of International Energy Arbitration Survey Report 28頁)

欧州に票を入れた回答者の理由として最も言及の多かった理由は、ロシアとウクライナの紛争でした。本調査ではこの質問に限らず、ロシアとウクライナの問題、または当該問題による経済制裁から生じた紛争について独立した項目で調査されており(Future of International Energy Arbitration Survey Report 23-26頁)、ロシアとウクライナの紛争から生じる影響への注目度の高さが窺えます。

仲裁地

また、今後のエネルギー関連の国際仲裁における仲裁地として最も人気のある仲裁地はロンドンでした。本調査を実施した機関の特徴や欧州の回答者が多いこと(全体の34%、うち英国だけで21%)などを加味すると、1位のロンドンについては、多少割り引いて評価する必要があるかもしれませんが、人気の高かった順に、1位:ロンドン、2位:シンガポール、3位:パリ、4位:ジュネーブ、5位:ストックホルムとなりました。

ロンドンが仲裁地として人気がある理由として特段目新しい要素はないものの、英国の商業法規の安定性がその魅力の一つと言及されていました。

他方で、近年シンガポールが仲裁地として人気を高めている理由としては、従前、アジアの中で人気のあった香港に対する回答者の評価が変化していることが挙げられています。加えて、ある仲裁人は、シンガポールが今後は最も人気の高い仲裁地となると予測しており、その理由として、シンガポールが国際的な取引や貿易の中継地である点に言及しています。また、シンガポールの司法制度が国際仲裁に親和的である点や、オーストラリア、中国及び東南アジアの国々における紛争もシンガポールを仲裁地とした仲裁手続に付されている事実も、仲裁地としてのシンガポールの人気を高めている要素といえます。

また、5位にランクインしているストックホルムは、従前よりロシア企業から好まれる仲裁地として有名でした。多国籍電力会社の企業内弁護士は、インタビューへの回答で、昨今のロシアの経済制裁は、ロシア企業の天然ガス価格の値付けに関して多くの紛争を引き起こしており、ロシア企業を相手方として仲裁地をストックホルムとする国際仲裁の件数が増えること示唆しています。

QUESTION 29: Which arbitral seat(s) will be the most popular for energy-related disputes?

(Future of International Energy Arbitration Survey Report 29頁)

(執筆担当者:松本


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的アドバイスではありません。
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松本 はるか
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