M&A(企業買収等)

【TKI Voice】アクティビスト・「同意なき買収」時代の到来  先手を打って課題解決を

アクティビスト・「同意なき買収」時代の到来
先手を打って課題解決を

対象企業に事前の協議や同意を得ることなく買収提案を突き付けられる「同意なき買収」時代が到来しています。アクティビストからの非公開化の要求やガバナンス不備の指摘なども活発化しており、不意の提案に身構える上場企業は少なくありません。こうした状況を踏まえて、企業はどう対処すべきなのか。東京国際法律事務所(TKI)代表パートナーの森幹晴弁護士に聞きました。

──近年、「同意なき買収」やアクティビストからの提案事例が増えています

森:株価が割安で、キャッシュリッチな企業はアクティビストのターゲットにされやすい傾向にあります。上場企業のうちPBR(株価純資産倍率)が1倍を下回っている企業は約4割といわれており、こうした現状に懸念を持っている上場企業の経営者は多いのではないかと思います。日々の目標達成に重きをおいているが株価がなかなか上がらない、あるいはM&A(合併・買収)の戦略を掲げてはいるものの、なかなか機会に恵まれないこともあります。そうした株価が上がらない状況下で、アクティビストから提案を受けるケースが増えています。

 また「同意なき買収」とは、対象会社からの同意を得ないまま直接、一般株主に買収の是非を問うものです。通常、上場会社等へのM&Aでは、買収を希望する側が対象企業の取締役や経営陣に対し「M&Aや資本業務提携について検討いただきたいので協議をしませんか」と提案し、同意を得たうえで進めるのが一般的です。「同意なき買収」の場合、対象企業からの同意がありませんので、必然的に取引形態としてはTOB(株式公開買い付け)での買収となります。

──「同意なき買収」を巡る国内の規制やルールは現状どうなっていますか

森:日本政府は2005年ごろから買収防衛を重視した政策を取ってきましたが、15年に策定したコーポレートガバナンス・コード(CGコード、企業統治指針)で政策保有株式の解消を促進するとともに、23年には東証からPBR1倍割れ企業への改善要請がありました。「同意なき買収」提案について、これまで日本では決まったルールはありませんでしたが、同年8月に経済産業省が「企業買収における行動指針」が公表しており、支配権市場を促進して経済・企業価値を高めていく方針に転換してきた経緯があります。

──企業買収行動指針とはどのような内容になりますか

森:「同意なき買収」について、一定のガイドラインが設けられました。ポイントは2つあり、1つはファンド等から持ち込まれる提案が真摯なものであるかどうか判断することです。そうであれば次のステップである取締役会に報告、検討しないといけません。従来、好ましくない提案は放置、握りつぶすことがあったかもしれませんが、それらが認められなくなりました。2つ目は真摯な提案であれば放置せずに速やかに取締役会に上げ、真摯に検討することです。

──真摯な提案とは具体的に何を指すのでしょうか

森:判断が微妙なこともありますが、ガイドラインを読むと真摯な提案かどうか判断するうえで重要なのは3つです。価格の提案があるか、買収後の経営方針が明確か、買収資金の調達の裏付けを含めて実現性があるか、の3点です。これらの条件を満たしたものが真摯な提案と考えて問題ないでしょう。悩ましいケースについては、普段つきあいのある専門家等と協議して対応するのが望ましいです。

──「同意なき買収」について、その後の成否はどこにありますか

森:成否を分けるポイントとして、3つのバトルで整理することができると考えています。1つは大義名分のバトルです。従来は水面下での友好的な接触がお作法でした。協議を断られた後に「それならば株主に問いましょう」というのは大義名分があります。しかし事前接触なきTOBが企業価値向上に資するという大義名分はあるのか、ということです。2つ目は経済合理性のバトルです。過去の成功事例をみると、買収価格の算定にあたって対象企業の市場価格に圧倒的なプレミアムを上乗せしています。従前は30〜40%が相場でしたが、最近は40〜50%と上昇傾向にあります。「同意なき買収」の場合は算定期間にもよりますが、100%近いか超えるプレミアムを払っているケースも現実としてあります。

 一方、失敗事例では買収価格に対するプレミアムが比較的低めに設定されており、経済合理性を十分に示せていたかが問われています。3つめはリーガル・バトルです。対象企業の株式の買い取り価格や事前の同意や接触の有無といった部分部分に目が行きがちですが、3つの要素で総合的に制するかどうかが「同意なき買収」の成否を考えるうえで重要になるといえます。

──3つのバトルという観点から、過去の事例をどう分析しますか

森:最近の成功事例では、まずニデックによる工作機械メーカー、TAKISAWAの買収があげられます。ニデックは当初、TAKISAWAに資本業務提携の協議を持ちかけましたが断られており、株主に是非を問う必要があったという経緯があります。また買収にあたってのプレミアムについて79〜112%と圧倒的な提案金額であり、大義名分と経済合理性のいずれのバトルも制することでM&Aを成功させた事例です。

 次は第一生命ホールディングス(HD)が、エムスリーの買収で合意していたベネフィット・ワンに対抗提案して買収したケースです。こちらは横から入るディールジャンピング(横取り)型の買収となります。エムスリーはベネフィット・ワンの親会社であるパソナからの株式取得を合意したのに対し、全株主に株式買い取りの応募の機会を提供した第一生命HD側に大義名分が認められました。経済合理性でもエムスリーの買収価格が1600円に対して、第一生命HDは2173円でした。同社が提示したプレミアムは62〜99%に達し、相対的にエムスリーを制して成功しました。

──失敗に終わった事例はどう見ますか

森:ブラザー工業がローランドディージー(DG)の買収を仕掛けましたが不調に終わりました。ブラザー工業は事前に提携を打診したもののまとまらず、ローランドDGが対抗措置としてファンドと組んでMBO(経営陣が参加する買収)を提案し、株主にその是非を問いました。その際、ローランドDGは、ブラザー工業が自社の主要サプライヤーのコンペティターであり、傘下に入ることで自社の営業利益や品質に問題が生じるというディスシナジー(マイナス効果)の反論を大義名分として展開しました。経済合理性では、ブラザー工業のプレミアムは33〜47%と、成功したケースと比べて低い水準でした。一方、ローランドDGは最終的にブラザー工業の提案価格より引き上げてMBOを成立させました。通常のプレミアム相当ではありましたが、「同意なき買収」を制するには少し力が足りなかったようです。

──TAKISAWA買収に成功したニデックですが、牧野フライスの買収提案は撤回を余儀なくされました

森:本件は牧野フライスに事前の協議することなく買収を仕掛け交渉時間を節約するニデックに大義名分があるのかが問われました。上場企業は株式が常に取り引きされており、支配権市場でプレミアムをのせれば買収提案できるのは日本で認められている制度です。ニデックの提案そのものに問題があるわけではありません。しかし現在の日本の状況や、「同意なき買収」に対して政府のお墨付きから2年も経っていない状況で、結果を見ると、時間を節約するために直接オファーすることについて、十分な大義名分が認められなかったのかなと思います。しかし、今は過渡期であり、「同意なき買収」が日本の資本市場の活性化に資する部分もありますし、今後は事例の積み重ねで社会の規範が変わる可能性はあります。

 大義名分のバトルはどちらかというと牧野フライス側の主張に一定の説得力があり、経済合理性のバトルについてもニデックが提示した買収価格のプレミアムは41〜74%にとどまり、同社がTAKISAWA買収時に示したような100%を超のプレミアムには及びませんでした。そのため、経済合理性の観点からも相手側(牧野フライス)への十分な制圧力がなかったといえます。リーガル・バトルになった牧野フライスの対抗策もよく設計された仕組みで、裁判所にニデック側の主張が認めてもらえなかったということで残念な結果に終わったと整理できます。

 「同意なき買収」を仕掛ける側と防衛側、いずれも価格や事前接触の有無だけではなく、総合的に相手側をどう上回れるかを考えることが非常に重要です。

──アクティビストはどういった提案を要求してくることが多いのでしょうか

森:BS(貸借対照表)や財務戦略のテーマ、政策保有株や非事業用資産の売却、株主還元、CGコード関連では親子上場、不祥事問題等への対処が主な論点です。またコングロマリット企業に多いのが低成長事業、事業ポートフォリオの見直しです。パリサー・キャピタルからオリエンタルランド株の売却提案を求められている京成電鉄、ダルトン・インベストメンツから株主提案を受けているフジ・メディア・ホールディングスなどがこれらの事例に該当します。また事業戦略の改善ではセブン&アンドアイ・ホールディングスがファンドから百貨店の切り離しをうけて経営改善を進めていましたが、そこがもたついて成長が低下したところでアリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受ける事態になっています。

──こうしたアクティビストからの要求にどう対処すべきでしょうか

森:要求を受ける前に先手を打つ(あらかじめ対応策を講じておく)ことが重要です。日本は米国についで世界で2番目にアクティビストが活発な市場であり、過去の事例から経験や学びがあります。アクティビストが突いてきそうな課題を事前にとらえてどう対処するのか、中長期だけではなく短期でも考えていき、改善すべき点はすぐに着手するべきです。事業課題を直視して日々のPL(損益計算書)や業績の問題だけではなく、BSの右側にあたる資本政策の問題、左側の資産の効率活用などにも積極的に手を打っていくことが今、最も経営者に求められているところです。

 ファンドの言い分には合理性もありますが、中長期の観点から経営する側からすると、「資産を売却して株主に還元しなさい」という要求は十分に納得できないこともあるでしょう。長寿が多い日本企業では、中長期のなかで貢献するのだという考え方が主流であり、不合理な要求には毅然と対応していくことが重要です。

──アクティビストの提案を受けた企業の近時の動向は

森:アクティビストからガバナンスの指摘をうけたツルハホールディングスにオアシス・マネジメントから提案がでましたが、イオングループのウエルシアホールディングスと経営統合に向けた資本業務提携が進んでいます。アクティビストの提案をきっかけに経営統合に進むケースも出ています。M&Aのアービトラージ(裁定取引)では伊藤忠商事によるファミリーマートへのTOB実施にあたって買い取り価格が安すぎるとして、オアシス・マネジメントなどの主張が裁判所で認められました。
 上場企業としての乗り切り方は大きく2つです。ひとつは上場メリットを積極的に生かして資金調達してM&Aに打って出る戦略です。不確実性が高まっている状況を踏まえると、そこまでアグレッシブでなくても、実現可能な成長とバランスのいい株主還元を組み合わせるのが現実的な路線といえます。他方で非公開化や他社の傘下入りも選択肢です。単独の生き残りに限界を感じる場合や、市場の短期プレッシャーや他社による買収リスクから解放される手段として十分検討していいのではないでしょうか。

──上場を廃止するMBOについて後ろ向きにとらえる企業もあります

森:つきつめれば上場の目的は市場から資金調達し、その資金を投資して成長し、株価をあげてM&Aを推進していくことにあります。上場のステータスというのは、現在は上場していなくても十分に発揮している企業はありますし、技術や採用も別の形で代替していくことが可能になっています。オーナー企業や親子上場、また自社の単独の生き残りに限界がある場合は、MBOを決して後ろ向きにとらえる必要はありません。中長期的な資本政策に沿った戦略もあるので、今後の経営を考えるうえで選択肢の幅が広がるでしょう。

(執筆協力:森幹晴


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森 幹晴
代表パートナー
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