M&A(企業買収等)

【TKI Voice】「同意なき買収」時代のM&A実務──企業に求められる備えと弁護士の役割

「同意なき買収」時代のM&A実務
──企業に求められる備えと弁護士の役割

コーポレートガバナンス改革を受けてM&Aが新たな局面を迎えています。積極的に上場企業の買収、統合を促す政策へと変わったことで、企業はどう対処すべきでしょうか。東京国際法律事務所(TKI)代表パートナーの森幹晴弁護士に聞きました。

──近年のM&Aの動向についてどう見ますか

森:事前の協議や同意を得ることなく買収提案を突きつけられる「同意なき買収」がこの2~3年で増えています。水面下の買収提案を含め2025年は特に多かったと感じており、私も買収する側、提案を受ける側ともに関わりました。増えている背景には国の政策転換が影響しているとみられます。

 2000年代は海外からの対日投資を呼び込む政策が採られ、買収防衛策のルール整備が進みました。その後、企業価値向上などを目的としたコーポレートガバナンス・コードが導入され、東京証券取引所が2023年3月にPBR(株価純資産倍率)1倍割れの上場企業などを念頭に、資本コストや株価を意識した経営を要請したのをきっかけに、潮流が大きく転換しました。競争が制約された環境で安定株主に守られている状況が日経平均株価の上昇を妨げているとの問題意識を背景に、経済産業省なども企業価値が上がらない企業は、買収されることで価値を高めるのもやむなし、という「同意なき買収」を容認する姿勢に転じました。今後もこうした事例は増えるでしょう。

──買収を促進する一方で少数株主保護の動きも強まっています

森:東証は2025年7月にMBO(経営陣が参加する買収)や支配株主による完全子会社化等に関するルールを見直し、特別委員会から、「一般株主にとって公正であることに関する意見」の入手を義務付けました。こうした取り組みはこれまでもベスト・プラクティスとしては行われていましたが、一般株主の公正な利益を確保するための基準を引き上げることとなりました。実務においても今夏から少数株主の利益保護を重視した形で取り組みを進めていますが、依然として課題が残ります。支配株主と少数株主の利益相反の問題等の調整には継続的な取り組みが必要でしょう。

──M&A取引を成立させるハードルが上がる中で求められる弁護士の役割はどこにありますか

森:M&Aの実行にあたっては、まず財務や法務、税務、環境面などのリスクについてそれぞれの専門家がデューデリジェンス(DD)を実施します。買収対象の企業が訴訟を抱えていたり、コンプライアンス違反や潜在債務があったりする場合は想定される損失額を買収価格から差し引く、事業の許認可に関わるなど定性的な問題がある場合は当局からの許認可が得られることを契約の条件にしてリスクを手当てするなど、DDの内容をもとに弁護士が契約書面をつくりあげ、契約後の着実な遂行まで支援しています。

また、M&Aは多数の利害関係者が関わる複雑な取引であり、各種法令・指針等を遵守しながら各関係者の適切な利益を保護するのも重要な役割です。弁護士は公正なM&A取引の実現を通じて経済・社会の発展につなげることを求められています。

──日本企業が海外企業を買収するケースが増えています。クロスボーダーM&Aの難しさや、そこで弁護士に求められる法務サービスは

森:言語が異なる相手との交渉、現地を訪れる機会が限られる地理的制約、またコンプライアンスなどのビジネス倫理の価値観が異なる中、適正な価格と取引条件を算出して契約書に落とし込み、取引を成立させるのがクロスボーダーM&Aならではの難しさです。買収側の日本企業の担当者は取引を成立させなければならないというプレッシャーにさらされてリスク分析が後手に回った結果、買収後に大規模な減損を余儀なくされたケースは少なくありません。

こうした事態を避けるために、海外M&Aでは各国の実務や日本とは異なる法体系への理解、海外各国の弁護士とのネットワークに加え、外国人相手の交渉など国内M&Aとは異なる対応力が求められます。従来、日本企業の海外M&Aでは外資系法律事務所が担当するのが一般的でしたが、日本企業の事業内容や意思決定プロセスを理解した上で、日本語でのきめ細やかな法務サービスのニーズが高まっています。具体的にはDDやM&Aの交渉、各国の独占禁止法や投資規制等の分析、当局への手続き業務といった案件全般を統括するリードカウンセルとしての役割が求められており、TKIにはその実績があります。

──TKIの取り組みや特徴について教えてください

森:企業のグローバルなM&A戦略をワンストップで提供できるのが強みです。日本の弁護士に加え、米国、英国、フランス、中国やインドなど海外の主要法域の弁護士資格保有者が数多く在籍しており、2025年1月には初の海外拠点としてシンガポールに進出しました。シンガポールからはアジア太平洋地域をカバーしています。また、世界約50か国・200か所を超える法律事務所とのネットワークを築いています。2019年の事務所開設以来、日本の国内・インバウンド案件はもとより、北米や欧州、アジア太平洋地域を中心に100件を超える数の国内外のM&A案件を手掛けており、自動車や電機製品などの製造業、商社、金融機関、製薬会社、通信会社など、これまで幅広い業種の上場企業やプライベートエクイティ・ファンドを支援しています。

──M&Aのほかに注力している分野はありますか

森:日本企業の国内・海外のM&A、海外企業の日本への投資、国内再編に加えて、注力しているのはエネルギー・インフラ分野、デジタルプラットフォーム事業、ヘルスケア・ライフサイエンス分野や、訴訟・国際商事仲裁等の紛争解決業務です。企業の法務部の人材不足を支援するリモート・インハウスサービスでは、様々な業種の企業をご支援し、多くのクライアントの皆様のお力になっています。加えて、今年、シンガポール・オフィスを設立し、成長著しいアジア太平洋地域をカバーし、アジア・プラクティスの拠点として大きく育てていく予定です。特に東南アジアやインドは経済成長を背景にLNGや風力、地熱などの発電設備の建設が相次いでおり、日本企業が積極的に投資しています。日本が脱炭素を進めるために海外から水素やアンモニアなどを調達する動きも加速しており、こうした点からもエネルギー・インフラ分野への投資は今後も拡大が続くとみています。取引が増えるほど企業間で紛争が起きる可能性も高まるので、仲裁など国際紛争の対応にも力を入れています。日本企業が海外展開する上で必要となるリーガルのバリューチェーンを構築し、必要なサービスを提供していくことが重要と考えています。

(執筆協力:森幹晴


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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森 幹晴
代表パートナー
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