国際紛争(訴訟・仲裁)

【コラム】中国の国際仲裁判断の海外執行について – CIETAC判断を基に

中国の国際仲裁判断の海外執行について
CIETAC判断を基に

本コラムでは、CIETAC仲裁判断の最新の執行事例を基に、増加する中国の国際仲裁判断の海外執行のポイントを分析し、中国の仲裁判断が同国外で執行されている状況及び今後の見通しに踏まえて、日本企業が対応において留意すべき点についてご紹介します。中国関連ビジネスに携わる企業の方々にとって、紛争対策の一助となれば幸いです。

近年、中国の国際仲裁判断の海外執行数は著しい増加傾向にあります。中国国際経済貿易仲裁委員会(以下「CIETAC」)の統計によると、2023年に入ってから、2か月で既に2件の仲裁判断が米国のニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所(以下「ニューヨーク地裁」)で承認・執行されました(域外执行 - 中国国际经济贸易仲裁委员会(cietac.org.cn))。これは、2000年から2016年までの16年間、米国で承認・執行された中国の国際仲裁判断はわずか18件1であり、1年間で1件弱に留まっていた状況と対照的です。また、米国のみならず、イギリス、フランスでもCIETACの仲裁判断の執行例が見られます。日本は、中国、米国、イギリス、フランスと同じくニューヨーク条約(United Nations Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards(New York Convention, 1958))の締約国であり、既に東京地方裁判所においても仲裁判断に基づく執行手続が実施されています。

【CIETACの最新仲裁執行例の概要】

本件では、複数の当事者が株式売買契約を締結し、契約の履行中に紛争が発生しました。申立人であるTグループ及びT社は、被申立人である張氏、S社及びQ社を相手にCIETACに仲裁を申し立てました。CIETACは、3人の仲裁人を選任し、仲裁廷が構成され、案件が審議された結果、被申立人に1億4,200万米ドルの賠償を命じる仲裁判断が下されました。

Tグループ及びT社は、仲裁判断に基づき、ニューヨーク地裁に対して、張氏が所有するニューヨーク所在のマンションの差し押さえを申し立てました。

これに対して張氏は、仲裁人の選任方法に瑕疵があったため仲裁廷の構成は適正手続(デュープロセス)に違反すると訴え、中国最高人民法院第二国際商事法廷(以下「第二国際商事法廷」)に対して、上記CIETACによる仲裁判断の取消しを主張したところ、2020年の年末に第二国際商事法廷は当該請求を棄却しました。

そこで、Tグループ及びT社は第二国際商事法廷の判断を受け、ニューヨーク地裁に仲裁判断の承認・執行を申し立てました。張氏は、さらにニューヨーク地裁に管轄権異議を申し立て、かつ仲裁のデュープロセスに問題があるため承認と執行が認められるべきではないと主張しましたが、いずれの主張も認められず、仲裁判断に基づく執行が行われました(【贸仲裁决域外执行】2023年第二案:中国贸仲委裁决再获美国纽约南区法院承认与执行(转载:采安仲裁) - 新闻 - 中国国际经济贸易仲裁委员会(cietac.org.cn))。

本件から読み取るポイント

1. 外国の仲裁判断の承認・執行に関するニューヨーク条約

ニューヨーク条約(CONVENTION(newyorkconvention.org))第1条第1項及び第3条第1文は、条約締約国に対して、当該締約国内の手続規則に従い外国で得られた仲裁判断を承認・執行する義務を課しています。当該義務規定を受け、各締約国は国内における手続法をもって、外国の仲裁判断の執行可能性を確保しており、日本では、仲裁法や民事執行法によって外国の仲裁判断の執行手続が準備されています。

2. 最小限の接触要件を突破して、仲裁地以外にある被申立人の資産も執行の対象となりうる

本件仲裁地は中国北京市ですが、ニューヨーク地裁に対して執行の申立がなされたので、執行手続には米国法が適用されます。被申立人の張氏は、米国籍でもなければ、米国に居住してもいないのに、何故その所有する米国不動産が執行の対象になるのでしょうか。

米国法において一般に要求される対人管轄が及ばない場合でも(被申立人が米国居住者でなくても)、一定の要件を満たせば、米国の管轄地域内にある資産に対して対物管轄または準対物管轄(In Rem/Quasi In Rem Jurisdiction)が生じます。すなわち、本来は、当該管轄裁判所との最小限の接触テスト(the Minimum Contacts Test)の要件を満たす必要がありますが、被告に対して対人管轄権を有する裁判所による判決の債務を履行するためであれば、準対物管轄との関係で最小限の接触テストが不要となるのです。

CIETACの仲裁判断との関係では、張氏に対して対人管轄権があり、かつ本件において、準対物管轄は、この仲裁判断を執行するための差し押さえに要する管轄であるため、ニューヨーク地裁は管轄を認め、張氏の財産を差し押さえる決定をしました。

このように、CIETACの仲裁判断は、仲裁地以外にある不動産に対しても執行できる点で、申立人により大きな利益をもたらすことができます。

3. 被申立人が適正手続(デュープロセス)に違反するとして、仲裁判断の執行を否認する主張は認められない

上記事例において、被申立人の張氏は、ニューヨーク地裁において、「仲裁判断がデュープロセスに違反して無効である」と主張しましたが、ニューヨーク地裁は、張氏が既に中国の第二国際商事法廷で同じ抗弁をしていると判断したため、「同法廷の意見を尊重して、張氏の主張を米国でも認めない」と判示しています。

ニューヨーク条約第5条には、仲裁判断の執行を拒絶する5つの状況が定められており、実際の適用時に判断基準が不明瞭になることもしばしばありますが、仲裁手続や当事者間における実質的な契約問題があるか否かを問わず、仲裁判断を可能な限り執行できるようサポートするのは、各国に共通する傾向です。本事例に限らず、イギリスやフランスで執行された事例でも類似の傾向が見られます。

例えば、CIETACの仲裁判断に基づくイギリスでの執行案件において、被申立人は同国の1996年仲裁法第103条に依拠して、仲裁の執行を拒絶しようとしました。同条は、「仲裁判断を承認または執行すれば、公序良俗に反するとき…承認と執行を拒絶する(Refusal of recognition or enforcement…if it would be contrary to public policy to recognise or enforce the award)」と定めています。他方、被申立人は、申立人が契約履行中に詐欺行為を行ったため、仲裁判断を執行することは公序良俗に反するとして、執行されるべきではないと主張しました。

この主張に対して、イギリスの裁判所は、「第103条は、ニューヨーク条約に基づく仲裁判断の執行を支持することを前提としていると考えられる。本条の下で執行されない状況があっても、裁判所は関連する仲裁判断を執行する自由裁量権を有する。もちろん、この自由裁量権は無制限なものではない」としつつ、「本件において、仲裁の一回終局性を維持するという公共の利益を最優先させるべきである」として、CIETACの仲裁判断の執行を許可しました。当該判断は、当事者間における契約履行中の詐欺行為の存否という実質的な問題を審査することは仲裁判断執行案件の審議目的ではなく、仲裁判断の形式的審査が本来の目的であることを明らかにしました。

このような傾向を踏まえると、今後、CIETACの仲裁判断が中国外で執行される状況はますます増えるでしょう。

日本企業はどのように対応すべきか

ニューヨーク条約の締約国は2023年1月時点で172ヶ国となり、世界中のほぼすべての経済圏が網羅されていますので、外国の仲裁判断の執行件数はますます増え、また各国の裁判所における承認・執行手続も使い勝手の良いものになると見込まれます。

アフターコロナ時代、日本と中国との経済的な往来はますます増えると想定されるなか、中国の国際仲裁判断の海外執行力の増強に伴い、日中の企業が紛争解決の手段として国内裁判所ではなく、国際仲裁を選択することは、より多くなっています。

また、近年、CIETACを始めとする中国各地の仲裁委員会は、セミナーなどを通じ、仲裁に関する基礎知識や魅力を発信し続けています。中国や欧米諸国の企業は、国際仲裁をクロスボーダー紛争の解決手段として選択する傾向が顕著になっています。こうした外国企業と取引をする日本企業がこうした傾向にどう対応するか、戦略的に対策を考えておく必要があります。

例えば、日本企業においては、中国企業との契約締結時における紛争解決条項の設計や(裁判所の合意管轄ないしは仲裁条項を含めるか、どの仲裁機関・仲裁規則を選択するか、仲裁地や仲裁言語をどのように定めるか、仲裁人の人数や資格要件を定めるかどうかなど)、紛争発生初期の交渉を慎重に行うこと(仲裁の申し立て前に調停手続を通じて合意による解決を目指すかなど)によって不利な仲裁判断を未然かつ可及的に防ぐことが考えられます。また、有事が起きた場合に備えて、仲裁を取り扱う法律事務所との連携強化も必要でしょう。

また、仲裁手続が開始した際の仲裁人の選任手続(例えば契約準拠法が中国法の場合、仲裁人の資格要件として中国法の専門知識や資格を合意によって定めるか)、(特に自社が被申立人である場合の)反対請求や抗弁の仕方の検討、執行対象となる資産が所在する国の法律(管轄や執行手続に関連する規定)の検討及び対策も重要になります。

ビジネスの戦場が静まったパンデミックが過ぎ、中国関連ビジネスにおける国際仲裁においては、さらなる挑戦が見込まれます。


1 杨育文, 中国仲裁裁决在美国法院的承认与执行(2000-2016):问题与对策, 《国际法研究》 Vol.1 (2018)。

(執筆担当者:松本


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