【コラム】適用範囲が拡大された下請法改正への対応
適用範囲が拡大された下請法改正への対応
「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律案」(以下、「改正法」といいます。)は、2025年5月16日に可決され、成立しました。そして、この改正法の施行日は2026年1月1日となりました。
これまでは「資本金基準」を満たさなかったため下請法の適用を受けなかった事業者も、本改正により、従業員数が300人(製造委託等)又は100人(役務提供委託等)を超えることにより従業員数基準を満たし、改正法が適用されるようになります。
外資系企業の日本子会社は資本金が低い場合もあり、これまで下請法の適用がなかったケースもあったかと思いますが、従業員基準を満たす場合には、約半年程度で下請法のコンプライアンス体制を構築しなければなりません。近時、公正取引委員会(以下、「公取委)は下請法の調査・執行について強化しており、特に注意が必要な法律の一つです。
そこで、本コラムでは、新たに改正法が適用されることとなる事業者向けに、改正法への必要な対応について解説します。
1. 下請法改正の概要
現行法では、資本金を基準に「親事業者」と「下請事業者」が定義されており(下請法2条7項、8項)、資本金基準に当たらない限り、下請法の適用はありませんでした。しかし、日本では、少額の資本金でも会社設立が可能であり、事業規模の大きな事業者が下請法の適用を回避する事例が報告されてきました。
このような「適用逃れ」の問題に対応するために、改正法では、委託事業者(現行法上の「親事業者」に対応)と中小受託事業者(現行法上の「下請事業者」に対応)の定義として、従業員数に着目した基準が追加されることになりました(改正法2条8項、9項)。具体的には、以下の図のように整理されます。
改正法の対象となる取引 | ||
---|---|---|
取引類型 | 委託事業者 | 中小受託事業者 |
物品の製造・修理・特定運送委託 及び政令で定める情報成果物・ 役務提供委託 |
資本金3億円超 | 資本金3億円以下 (個人を含む) |
資本金1千万円超3億円以下 | 資本金1千万円以下 (個人を含む) |
|
常時使用する従業員数が 300人超 |
常時使用する従業員数が 300人以下 |
|
上記を除く情報成果物作成・ 役務提供委託 |
資本金5千万円超 | 資本金5千万円以下 (個人を含む) |
資本金1千万円超5千万円 以下 |
資本金1千万円以下 (個人を含む) |
|
常時使用する従業員数 100人超 |
常時使用する従業員数が 100人以下 |
※赤文字で示した要件が改正による追加
2. 委託事業者(親事業者)が対応すべき義務
新たに改正法が適用されることとなると、次のような対応が必要になります。
(1) 改正法における規制対象取引の洗い出し
改正法の規制の対象となるか否かは、①資本金基準又は従業員数基準を満たす委託事業者と中小受託事業者間の取引であるか、②委託事業者と中小受託事業者間の取引が改正法の規制対象である、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託及び特定運送委託(特定運送委託は、今回の改正により追加される見込みの契約類型です。以下、これらの委託業務をまとめて「改正法対象業務」といいます。)に該当するか、という2つの切り口で決まります。
そのため、従業員数基準を超える従業員を使用している事業者は、①取引先の従業員数を把握し、取引先が従業員数基準値以下の従業員しか使用していないかどうかを確認する必要があります。次に、②各取引先との取引内容を確認し、改正法対象業務に該当するかを確認して整理する必要があります。
企業の従業員数の具体的な確認方法や適切な確認頻度は、公取委が今後公表されると思われるガイドラインやQ&A等を参照しつつ、実態に合った方法で対応することとなると思われます。
(2) 取引管理システムの整備
委託事業者は、中小受託事業者に対し、代金、支払い期日等の必要な事項が記載された書面を交付しなければなりません(改正法4条)。また、委託事業者は、実際の取引経過を記載する書類等を作成・保存する必要があります(改正法7条)。必要的記載事項は規則で定められており(現行法下の規則につき、下請代金支払遅延等防止法第3条の書面の記載事項等に関する規則及び下請代金支払遅延等防止法第5条の書類又は電磁的記録の作成及び保存に関する規則をご参照。)、既存の契約書類の記載で足りているか、精査が必要となります。なお、これらの義務を委託事業者が怠った場合には、担当者個人及び法人に罰金が科されます(改正法14条、16条)。
したがって、委託事業者は、改正法の施行前に、このような書面・書類等の作成・保存に対応できる体制を整備しておくことが必要となります。
(3) 支払方法の見直し
改正法下では、手形払いは禁止されます。また、電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものについては認めないこととされており(改正法5条1項2号)、事実上利用が難しくなります。
したがって、これまでは下請法が適用されないため任意の支払手段を選択できていた事業者も、改正法が適用される場合には、適切な支払手段に変更する必要があります。
(4) 価格交渉の見直し
中小受託事業者がコスト増加による価格改定を求めてきた場合に、委託事業者は適切に協議・説明を行う義務が課されることになります(改正法5条2項4号)。
委託事業者がこれらの協議・説明が適切に行わず、価格転嫁がスムーズにされない場合には、公取委は是正のための勧告を行うことができ(改正法10条)、事業者名、違反事実の概要、勧告の概要等が公表されることになります。
したがって、委託事業者においては交渉担当の従業員への改正法の周知や、価格交渉の可視化・記録化といったガバナンス体制の構築が必要になります。
3. おわりに
本コラムで解説してきたとおり、今まで下請法の適用がなかった事業者にとって改正法の影響は大きく、規制対象取引の洗い出し、適切なシステム・体制を構築といった時間のかかる作業が必要になります。改正法は2026年1月1日施行であり、改正法への対応をする時間的な余裕はあまり残っていません。早期に、対応の要否や対策についての検討を開始することが求められます。
※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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