M&A(企業買収等)コーポレートガバナンス

【TKI Voice】M&A子会社ガバナンスの課題と調査  

買収後に発覚した不正事例から学ぶ実務ポイント

本稿は、当事務所が2025年9月に開催した「M&A子会社ガバナンスセミナー ~ 買収後に発覚した不正事例から考える」での議論をもとにまとめたものです。セミナーでは、買収後の不正事案を踏まえたリスク対応やガバナンス強化のポイントについて、多くのご質問・ご意見をいただきました。その内容を踏まえ、特に実務上の留意点を整理しています。

M&A(買収・合併)は企業の成長を推進する一方、買収後に対象会社で不正が発覚すれば、自社にとって重大なリスクとなり得ます。想定外のリスクを未然に防ぐには、実効的な子会社ガバナンスの確立が不可欠です。本稿では、国内外の買収子会社における不正事例を取り上げ、調査の進め方や原因分析、ガバナンス上の課題、さらにM&AにおけるDD(デューデリジェンス)やPMI(統合プロセス)の留意点について解説します。

1. はじめに

(1)子会社ガバナンスとは

子会社ガバナンスとは、グループ全体に対するコーポレートガバナンスの一環として、子会社へのガバナンスをどう効かせていくかを指します。子会社ガバナンスの実践には、グループとしてのガバナンス方針の策定、実施が前提であり、その上で子会社における実効的な内部統制体制の確立が必要となります。

子会社ガバナンスについて具体的な法的規定は存在せず、各種ガイドラインや指針に基づいて各社が対応にあたっています。経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2022年7月策定)はコーポレートガバナンスについて広く論じたものであり、また「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(2019年6月策定)は、グループ内のガバナンスをどう実効的なものにするかの論点でまとめたものになります。

子会社ガバナンスを機能させるためには、本社の権限・役割、子会社との執行者レベルの「目線合わせ」を含めたコミュニケーションを明確にすることが重要です。目線合わせとは本社と子会社が同じ方向を向いてグループの発展を目指すことを意味します。目線合わせのために、グループ共通ポリシーの明文化や中長期計画の策定、業務プロセスの明確化やリスクに応じてどの程度まで子会社を監督・管理するのか、ITシステムの統合や共通プラットフォーム化などがあげられます。

子会社ガバナンスを設計する際、機能軸、事業軸、地域軸のどこを重視するのかも重要です。本社に集権化するのか、ある程度地域の実情に合わせて分権化していくのか、どちらを重視するかでも子会社ガバナンスの在り方は変わります。さらに、M&Aの基準だけでなく、事業売却・撤退に関する基準も定め、一定水準を下回るとグループにはいられなくなるという側面からガバナンスを効かせることもあります。

(2)子会社の有事に対する対応

有事にあたっては中長期のレピュテーションダメージの最小化、ステークホルダーの信頼の早期回復が求められます。不正や不祥事の早期の発見・対応のために、速やかな事実調査や原因究明、再発防止策の検討が必要となります。

調査体制は迅速性、正確性、独立性のどこを重視するのかで決めていくことになります。大きくは社内か社外かに分類されます。内部調査の場合は、調査にかかるコストと期間をコントロールしやすく効率的に実施することが可能です。また調査対応をした専門家をそのまま是正策の策定・実施にあたって起用しやすいほか、調査で得られたデジタルフォレンジックや議事録などの資料を、その後の関係者への責任追及時に証拠として提出できる利点もあります。一方、委員会調査のメリットとしては調査手続の適正性と結果の客観性を第三者に説明しやすいことがあげられます。

調査の実施においては目的と対象を確定し、その範囲で調査計画を策定し、資料の保全、デジタルフォレンジック、対象者関係者へのヒアリング、アンケート、ホットライン設置などを実施します。不正事案にあたり、企業が具体的にどう対応しているのか下記の事例をもとに説明します。

2. M&A子会社における不正事例

ケース1) 国内製造子会社の品質不正

(1)概要
自動車会社であるP社(親会社)が、自動車部品の製造・販売業のQ社(子会社)の買収にあたり、同社の株式100%を保有する創業家オーナーから全株式を取得したものの、Q社では買収前から検査数値を不正に偽装した製品を取引先に供給していたという事例(具体的調査内容やその後の対応等の詳細は省略)。

(2)DD・SPAの問題点および留意点
買収にあたってP社はQ社の現場視察やヒアリングを実施したが、検査不正について確認する機会はありませんでした。SPAの表明保証条項及び補償条項により損害の補償を受けることは可能ですが、悪意や重過失がない場合には補償額に上限が設けられていたり、請求期間に制限があったりするのが通常です。

子会社の製品の品質検査結果が重大な影響を及ぼし得る買収の場合、DDの過程において、明示的に不正検査の有無などを確認する質問を入れておくのが解決策として考えられます。質問に「ありません」との明示的な回答があれば、不正が判明した際に悪意・重過失の立証しやすくなります。

SPAでも不正な検査や数値の改ざんがないことを表明保証条項に明示的に入れることで補償請求が容易になります。現場での不正検査は経営者レベルに知らされていないケースがよくあり、重過失の立証は大変なため担保する条項を予め入れておくことは考えられます。

(3)PMIの留意点
DD・SPAでは対応しきれない不正の探知・発見のためには、リスクに応じた丁寧なPMIが重要となってきます。創業家の影響力が強い企業の場合、部門間に力関係があることや、検査を軽視する価値観・文化が形成されている可能性があります。こうした特有のリスクを認識しながらPMIを実施していく必要があります。

親会社のグループ・ガバナンスやコンプライアンス姿勢を明確にして、現場に浸透させるトップダウンの方向性とともに、不満を持っている現場からの不正の端緒を吸い上げるためのボトムアップの体制整備が重要となります。買収後間もない時点でのアンケート・ホットライン設置が考えられるほか、内部通報者への保護体制の確保や周知しておくことも有効です。

ケース2) 海外販売子会社の架空計上

(1)概要
日本のマンションデベロッパーがインドの不動産会社を買収した数年後、将来の収益性の指標である新規不動産買収件数を改ざんして、実際の2倍の件数が親会社に報告されていたという事例です。子会社の従業員が親会社に内部通報して判明しました(具体的調査内容やその後の対応等詳細は省略)。

(2)DDの問題点および留意点
海外企業の子会社化を進めるうえで、日本の親会社と同様のKPI(重要業績評価指数)を設定するなど目的を明確にし、実効的なDD項目を設定する必要があります。KPIの集計方法は重要な調査項目であり、内容を一件ずつ精査するのは難しいですが、どのような方法で集計されているのか、その集計方法に牽制機能が担保されているのかはDDでも確認できる部分です。
適正価格での買収が健全な事業運営の基礎であり、高値掴みで買収した場合は親会社を含めて様々な歪が生じ、不正の原因となりやすいです。事業収益性の評価にあたって、のれん代を回収するための現実的な事業計画を立てられるのかを見極める必要があります。

(3)PMIの留意点
DD時に適切なリスク評価や対応を実施するのが理想ですが、買収対象企業が情報開示に消極的、時間的な制約、独占禁止法・競争法の観点から同業他社の買収における重要情報の開示制限など様々な制約があるため、すべてのリスクをDDで発見することはきわめて困難です。海外子会社に特有のリスクを認識しながらPMIを実施し、早期のリスク発見と対処が重要です。

海外は日本よりも雇用流動性が高く、役員・従業員の会社への依存度・忠誠心は低いことから、個人の倫理観(良心)に依存した制度設計はリスクが高いとされます。事業へのインパクト、リスクの種類や大きさに応じ、日本よりもしっかりとした牽制機能を備える必要があります。

日本の親会社がグループ会社としてグリップを効かせられるよう、マネジメント層の採用やレポートライン、評価に際して、親会社の担当部署が関与する構造をつくる必要がある。また事業へのインパクトに応じて、親会社から事前承認を得るべき事項をあらかじめ定め規定に反映させて決裁権限を明確化し、適正に運用されていることを定期的にチェックする制度を構築することが重要です。

3. まとめ

M&Aに際して買収対象会社の特徴や業界、収益構造等に応じたDD項目を設定し、重要なKPIは自社の基準との整合性や一貫性を明確にしておくことが重要です。品質検査結果が重大な影響を及ぼし得る買収の場合、DDの時点で明示的に不正検査の有無を確認する質問を入れておくのが有効でしょう。SPAにおいても表明保証条項に不正な検査や数値の改ざんがないことを明示的に入れることで補償請求が容易になります。

PMIでは対象会社に特有のリスクを認識しながら実施することが、早期のリスク発見につながります。事業へのインパクトやリスクに応じて、適切な牽制機能を導入し、買収後すぐにアンケート・ホットラインを活用して現場の意見を吸いあげるのも有効です。あわせて内部通報者の保護体制を確保しておくことも重要です。

(執筆協力:松本はるか大竹将之


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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大竹将之
東京国際法律事務所
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