ヘルスケア・ライフサイエンス

【コラム】医療法人のM&Aに関する日本法上の主たるポイント

Key Questions (FAQ) / 要約(クリックで開く)
  • Q1. 医療法人のM&Aにおける最も重要な基本原則(非営利性)とは何でしょうか?
    ― 医療法上、営利目的の開設は禁止されています。そのため、剰余金の配当禁止や、出資額に関わらず「社員1名につき1議決権」とするガバナンス構造(出資持分と経営権の分離)が厳格に義務付けられており、これらに違反すると開設許可取消等のリスクが生じます。
  • Q2. 株式会社などの営利法人が医療法人を直接買収・経営することは可能ですか?
    ― 非営利性の観点から不可です。営利法人は医療法人の「社員」になれず、役員の兼務制限もあります。実務上は、「社員1名につき1議決権」とするガバナンス構造を踏まえた上での社員の構成を再構築する等のスキーム上の工夫がなされます。
  • Q3. 医療法人のM&Aで採用される主要な4つのスキームとは何でしょうか?
    ― ①社員の交替(出資持分譲渡の併用含む)、②事業譲渡、③医療法人同士の合併、④会社分割(2015年解禁)の4つです。一般的な営利法人のM&Aと異なり、いずれも都道府県知事の認可・認可や複雑な行政手続き(債権者保護手続きなど)を要する点が特徴です。
  • Q4. 「出資持分のある医療法人」と「ない医療法人」のM&Aにおける違いは何ですか?
    ― 出資持分譲渡の可否です。出資持分のある医療法人(2023年度末時点の統計資料によれば全体の約62%を占める経過措置法人)では、社員交替に加えて持分譲渡による財産的価値の取得が可能ですが、持分ない法人では持分譲渡という概念がなく、主に社員交替を通じたスキームが検討されます。
  • Q5. 医療法人の法務デューデリジェンス(DD)において、特に精査すべき特有のイシューは何ですか?
    ― 「非営利性の維持(コンプライアンス)」の確認や、インフォームド・コンセント等の運用の不備伴う「医療紛争リスク」の精査は不可欠です。さらに、提携するMS(メディカル・サービス)法人との取引実態や兼務制限の適法性、医療スタッフの労務管理(未払い残業代リスク)、過去の補助金返還リスクなどが挙げられます。

ライフサイエンス・ヘルスケアインダストリーへの重要性の高まりとともに、日本企業のみならず外国法人を含む民間企業による、医療法人(病院や診療所)のM&Aに対する関心が高まっています。もっとも、日本法上、医療法人のM&Aにあたっては、株式会社等の一般的な営利法人のM&Aとは異なる厳格な規制や医療法人特有のガバナンス構造を踏まえる必要があります。
本コラムでは、医療法人、特に大半を占める社団医療法人をM&Aの対象とする際に留意すべき医療法上の規制やガバナンス構造、そして想定されるM&Aのスキームについて簡潔に整理することを目的としています。以下で医療法人と述べる場合、社団医療法人を前提としております。

1. 医療法人の「非営利性」

医療法人の法的規制やガバナンスを理解する上で最も重要なコンセプトは「非営利性」です。医療法上、営利を目的として、病院、診療所又は助産所を解説しようとする者に対しては、これら開設のために必要な許可を与えないことができると定められております(同法7条7項、1項)。
非営利性のコンセプトを踏まえ、医療法人は、以下の特徴を有しています。

・剰余金の配当禁止(医療法54条)
医療法人は、剰余金の配当が厳格に禁止されています。そのため、出資者が医療法人から直接的な配当として利益を得ることはできません。出資者が実質的な経済的利益を得るためには、例えば、医療法人との間でマネジメント契約などを締結し、適正なマネジメント・フィーを受領するといったスキーム上の工夫が必要となります。

・出資持分と議決権の分離(1人1議決権)
最高意思決定機関である「社員総会」においては、出資持分の有無や出資額に関わらず「社員1名につき1議決権」とされています(医療法46条の3の3)。単に多額の出資を行って持分を取得しただけでは、医療法人の経営権を得ることには繋がりません。

・医療法人の役員と営利法人の役職員の兼務制限
株式会社などの営利法人は、自らが医療法人の「社員(社員総会の構成員)」になることはできません。また、原則として、医療機関の管理者並びに開設者及び開設者である医療法人の役員が、当該医療機関の開設・経営上利害関係にある営利法人の役職員を兼務することはできません。もっとも、例外的に、営利法人から役務の提供の商取引がある場合で、(1)医療法人の代表者とならないこと、(2)営利法人の規模が小さいことにより役員を第三者に変更することが直ちには困難であること、(3)契約の内容が妥当であると認められること、これら(1)~(3)いずれも満たす場合で、医療法人の役員の過半数を超えず、医療法人の非営利性に影響を与えることがないものである場合は、兼務禁止の例外として許容される場合があります。

・代表機関である理事長の要件
医療法人には、原則、役員として、理事3人以上及び監事1人以上を置かなければならず(医療法46条の5)、理事及び監事は自然人であることが前提とされています。また、代表機関である理事長は、原則として医師又は歯科医師でなければならないとされています(同法46条の6)。

以上のような非営利性のルールに違反し、実質的に営利目的で運営されていると監督官庁に判断された場合、医療機関の開設許可等が取り消されるリスクがある点に十分留意が必要です。医療法人のM&Aを検討するにあたっては、かかる非営利性のルールを十分に理解し、当該ルールを踏まえた上でのスキームを慎重に検討する必要があります。

2. 医療法人に関するM&Aのスキーム

上記のような特有の規制を前提として、実務上採用される主なM&Aのスキームには以下の4つがあります。

・社員の交替(出資持分ある医療法人の場合は、これに加えて出資持分の譲渡)
医療法人のM&Aのスキームとしては、医療法人の社員を交替させることにより、当該医療法人の意思決定権を取得する方法が考えられます。出資持分のある医療法人の場合には、これに加えて、出資持分の譲渡を受けることにより、当該出資持分に係る財産的価値を取得することになります。
もっとも、前述のとおり、営利法人自身が社員となることはできないため、M&Aを検討する営利法人は、自らが信頼を置く自然人を社員として選任させ、社員の過半数を交替させることにより、医療法人のマネジメントに対する影響力を高めるスキームが考えられます(これに加えて、金銭貸付契約やリース契約など契約関係を通じた経営への関与(拒否権など)を定めることもあります。)
なお、2007年に施行された医療法改正によって、医療法人の非営利性を徹底する観点から、出資持分のある医療法人の新規設立はできなくなりました。そのため、現在存在する出資持分のある医療法人は、同改正前に設立され、経過措置により存続しているものとなります。2023年度末の統計によれば、出資持分のある医療法人の医療法人全体に占める割合は62%となります。
これに対し、出資持分のない医療法人の場合は、主に社員の交替を図ることによるM&Aのスキームが検討されることになります。

・事業譲渡
対象となる医療事業を譲り受ける手法です。ただし、株式会社が直接医療事業(病院や診療所等)を譲り受けて運営することはできません。したがって、譲り受ける側が医療法人を有していない場合は、新たに医療法人を設立し、その新設法人が事業を譲り受ける必要があります。医療法人の新設には、医療法上、都道府県知事の認可が必要であり、その許可取得の手続に一定程度の時間を要する場合があるほか、事業譲渡のスキームは債権者にあたる者から対象となる債権の譲渡につき個別の権利移転手続きが必要となりますので、従業員や患者、取引先等からの個別の承諾を取得する必要がある点に留意が必要です。

・合併
医療法人同士の合併手続によるスキームです。合併によって、存続法人や新設法人は、消滅法人の権利義務一切を包括的に承継することとなります(医療法58条の5、59条の3)。合併のスキームを取る場合、合併契約書の締結(同法57条)のほか、総社員の同意(同法58条の2第1項)が必要であり、都道府県知事の認可(同法58条の2第4項)や債権者保護手続き(同法58条の4第1項、58条の3第1項、59条の2)、合併の登記(同法58条の6、59条の4)が求められます。このように、事業譲渡や持分譲渡のスキームと比較すると、必要な手続が複数生じるのが特徴です。
更には、合併が可能なのは複数の医療法人同士であり、株式会社が医療法人と合併するということは想定されておりません。

・会社分割
平成27年(2015年)の医療法改正までは認められていなかった手法ですが、事業譲渡では、債務の移転に債権者の個別の同意や病院の開設許可等を別途必要とする等、手続きに煩雑さが伴うことを受けて、会社法上認められる会社分割の手法が認められました。これにより、承継法人や新設法人は、分割法人の事業に関する全部又は一部の権利義務を承継することができます。
会社分割のスキームにおける手続きは、概要、合併における手続きと同様であり、吸収分割契約書の締結又は新設分割契約の作成及び承認(医療法60条、61条)、総社員の同意(同法60条の3第1項、61条の3)、都道府県知事の許可(同法60条の3第4項、61条の3)、債権者保護手続き(同法60条の5、61条の3)、分割の登記(同法60条の7、61条の5)が求められます。
なお、合併のスキームと異なり、会社法の会社分割と同じく、労働者保護手続きを要する点については留意が必要です(同法62条)。

3. 法務DDにおける医療法人特有の留意点

医療法人の非営利性を踏まえた医療法上の規制、ガバナンス構造及び想定されるM&Aのスキームについて、上記のとおり整理しました。最後に、医療法人のM&A方針が固まり、法務DDを実施する局面を想定した場合を念頭に、通常の企業M&AにおけるDD項目に加え、医療法人の性質や事業内容を踏まえた以下の事項について、法務DDの過程で確認・精査することが重要と考えられます。

・コンプライアンス状況:
医療法をはじめとする関連諸法規の遵守状況、非営利性が適正に維持されているか等を確認する必要があります。

・医療紛争リスク:
過去及び現在の医療事故に関するクレームや訴訟の有無、損害賠償請求等の潜在的リスクを確認する必要があります。さらに、昨今のメディカルツーリズムの増加を背景として、運営する医療機関において多国籍の患者に治療や手術を行う際に求められるインフォームド・コンセントの手続きが適正に運用されているか、並びに同意書、合意書その他の必須書類が適切に整備・管理されているかについても確認する必要があります。

・取引契約関係:
対象となる医療法人が関連するMS法人との間で取引を行っている場合には、当該取引が対象となる医療法人の運営において重要な役割を担っていることがありますので、当該MS法人との取引関係の実態を把握するとともに、各取引内容が医療法人の運営上どのような重要性を有しているのか等を確認する必要があります。また、当該MS法人との関係で営利法人の役職員の兼務制限を慎重に分析する必要が生じることもあります。

・労務問題:
所属する医師や看護師その他医療スタッフに関する労務管理の状況、その他労務問題、未払い残業代リスク等を確認する必要があります。

・補助金関連:
過去に受領した補助金の使途制限の有無、M&Aに伴い返還義務その他のイシューが生じることがないかを確認する必要があります。

4. おわりに

医療法人のM&Aは、法令や行政の広範な裁量、特有のガバナンス規制により、通常のM&Aよりも慎重かつ専門的なアプローチが不可欠です。事案ごとに具体的なスキームの適法性を検討する必要があるため、医療法人のM&Aをご検討の際は、初期の段階から専門家にご相談いただくことをお勧めいたします。

(執筆:美馬 拓也


※本記事の内容は、一般的な情報提供であり、具体的な法的又は税務アドバイスではありません。
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美馬 拓也
東京国際法律事務所
takuya.mima@tkilaw.com

美馬拓也弁護士
M&A、戦略的提携、事業再編、クロスボーダー取引を中心とする企業法務において、10年以上の豊富な実務経験を有する。特にライフサイエンス・ヘルスケア分野に強みを持ち、医療法人、製薬・バイオ企業、ヘルスケア事業者に関する取引や規制対応、知的財産戦略に関して幅広く助言を提供。
医療法人およびヘルスケア分野のM&Aにおいては、医療法特有の「非営利性」の要件やガバナンス構造を踏まえた取引スキームの構築、知事認可等の複雑な行政手続への対応、さらには医療コンプライアンスや労務リスク、MS(メディカル・サービス)法人との取引実態を精査する法務デューデリジェンス(DD)の実施など、実務に即した戦略的なアドバイスを数多く手掛ける。
また、ライセンス契約や共同研究・開発契約などの知的財産関連取引、米国特許訴訟を含む国際的な知財紛争対応にも豊富な実績を有する。外資系製薬会社の法務部および大手メーカーの知的財産部門への出向経験を通じ、規制対応・知財管理・事業戦略を横断した実践的なリーガルサービスに定評がある。
ライフサイエンス、ヘルスケア、知的財産分野に関する執筆・講演実績も多数あり、医療法人のM&Aや関連する法規制に関する論考も積極的に寄稿している。